I like to see you


これは悪い夢。きっとそう。ティファニーは首を横に振り、歩いた。
どこへ向かえばいいのかわからない。そのはずなのにティファニーの足を自然と迷うことなく歩き続ける。
慣れた足取りでタクシーに乗り込み、行き先を告げる。「バーツ病院」と。
勝手に口が動いた、と表現するのはいささか強すぎる。勝手にではなく自然と、と表現するべきか。
呼吸を自然とするように自分の口が自然と動いたのだ。
自分は病院で働いているのだろうか。医療の知識はまだある。そんなところで安堵するがマグルとは全く違うのではないだろうか。
たとえば体の仕組み、怪我の種類、調合薬などマグルと魔法界では大きく違う気がする。
そんな自分がきちんと働けるかどうかと言われると不安がある。
いや、自分のわからない場所、知らない人に囲まれても自分はそれを知っていたかのように反応するのだ。
仕事でもそれはきっかり働いてくれるだろう。

*

バーツ病院へ到着すると、やはり自然と足はどこかへと向かってくれた。
マグルがたくさん…。ティファニーは恐怖を感じた。
自分の知らない世界、自分のいるべきではない世界。完全に異世界だった。
少なくとも魔法界で過ごしてきたティファニーにとってそれは不安であり、ストレスだ。
周囲がなぜか自分のことを知っているのも奇妙で怖い。

「Hi,刑事さん」

間延びしたような控えめなそんな声にティファニーは「Hi」と返した。
女性だ。白衣を着た。自分はもちろんこの女性とは面識がない。
しかし自分がまさか刑事とは…。

「モリー、昨晩の男の検死結果を見せて頂戴」

片手を差し出せば、女――モリーは口ごもった。

「それが資料室へ置いちゃって…ああ、でも大丈夫。きっと大丈夫よ。ファイルなら私が」

ティファニーは溜息をついた。モリーは口を閉ざし、ぎこちなく笑みを浮かべる。
ついた理由がわからないが何となくわかった。
もうこの分かるようで分からない感覚にはもう触れない方がいいかもしれない…。きっと延々と続くしキリがない。

「いいわ、安置所で待ってて。資料室へは私が行くわ」

「で、も…シャーロックがあのファイルないと」

「“困る”。ええ、きっと困るわ。でも私がやる」

モリーが何か言う前にティファニーは足早に(流れ的予想で)資料室へと向かう。
向かっている途中にポケットに入った固いモノが鳴った。怖々とポケットの中身を取り出す。
しかし指はやはり慣れた様子で液晶画面を叩いた。液晶画面にテキストが表示される。

「レストレード」

誰だ、レストレードとは。訳がわからない。
言葉とは裏腹に知っているかのように生活している自分が怖い。
文面は“good morning”から始まり、“ティファニー、昨夜の結果はもう知ることが出来たか?もし出来たらその後、書類整理を行ってほしい”で終わる。
また漏れる溜息。仕事が増えたことに対しての嘆息だった。

「Okay…fine」

“わかったわ、大丈夫”。呟きながら打ち込み、また足を進める。足早に進めば狭い部屋に本棚がぎっしりと並んでいた。
ファイルが並べてあり、そこから目当てのファイルを見つけ出すことは困難に見えた。
うんざりするような数に目を白黒させる。
成る程。これはモリーが責任感じて引き受けようとするわけだ。
てっきりモリーはシャーロックと会話できるという口実でファイルを取ろうとしたのだと思った。
そう勘違いした自分が恥ずかしい。いや、待て。何だか考え方もこっちの世界に引き込まれているような気がする。
頭を押え、顔を歪めていると降ってくる声。

「お困りか」

「ああ…」

シャーロック。と彼の名前を呼べば彼はニヤッと口元を吊り上げた。

「モリーから聞いた。昨夜の事件のファイルがここにある、と」

「ええ、そうみたい。いつものテーブルへ置くように電話で伝えたつもりでいたのだけど」

困り顔でシャーロックを見上げれば彼はクルリと回って辺りを見渡した。
彼ならあっという間に見つけられるだろう。
ぶつぶつと何か呟きながらシャーロックは本棚の間を彷徨う。
図書館にいるみたいで妙に懐かしかった。自分の母校、ホグワーツ。その図書館で出会ったリーマス。
それにシリウスとレギュラスの兄上たち、母上、友だち、その全てを忘れてしまうのだろうか。不安で仕方なかった。



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