I was getting away
グリモールド・プレイス12番地。
ティファニーは家へと帰ってきた。クリーチャーが出迎えてくれる。
「おかえりなさいませ、お嬢様」
いつもの嗄れた低い声に「ええ、ただいま」と返す。
コートを着込んだまま、鞄を手に地下の厨房へと向かった。もう既にディナーは出来ているのだろう、クリームスープと香ばしいチキンの香りがした。
自分の兄シリウスの大好物のディナー。母親のヴァルブルガではなく屋敷しもべ妖精の誰かが作っているのだろう。
お腹ペコペコだがイマイチ家の食卓は好きではない。今日も外食で食べてくれば良かったと数段降りて思ったが“毎晩”はやはりよくない。
母上が嘆いてしまわれる。仕方なく今日はこうして帰ってきたのだ。
「ただいま戻りました、母上」
厨房へ入ると案の定、ピンと張り詰めた空気。
長テーブルの向こうでは母上が食事を黙々ととっていたがティファニーの姿を見ると微かに微笑んだ。
「おかえりなさい」
「おかえりなさい」
レギュラスも微笑を浮かべてそう言った。会釈を返し、シリウスへ視線を遣ると彼もぶっきらぼうに「おかえり」と言った。
両側には自分の兄2人。レギュラスとシリウス。シリウスは仏頂面でチキンを頬張っていた。銀の皿の上には骨が積み上げられている。
相当、食べたのだろう。息を付きながらコートを脱いで鞄と共に屋敷しもべに手渡し、シリウスの隣りへと腰を下ろした。
腰を下ろすとすぐに屋敷しもべが皿を置いてくれる。テーブルに広げられたバスケットのパンに手を伸ばすとレギュラスがとってくれた。
「レギュラス兄さんありがとう」
「いや」
沈黙と重たい空気のディナーはやっと終わった。
シリウスとレギュラスは相変わらず仲が悪いようだ。レイブンクロー寮出身のティファニーが悪く言われることはあまりない。
最初こそブラック親族一同や縁のあるマルフォイ家一同は残念がっていたが知識のあるレイブンクローであった為か
グリフィンドールへ入ったシリウスのように殺意や憎悪を向けられることはなかった。
グリフィンドールかハッフルパフであったら絶対に皮肉を言われたり、馬鹿にされたりされていただろう。レイブンクローは許容範囲らしい。
「お前さ、家出たくない?」
ティファニーの部屋で寛ぐシリウスが言った。
出たくないと言ったら嘘になる。だがヴァルブルガはかなり過保護だ。
自分を手放さないだろう。シリウスなら気にしないと思うが…。
「そんなに出たいなら出ればいいじゃない」
「だから俺に一人暮らしする金、あると思うか?」
「ない」
即答。
「即答しなくても」
がっかり項垂れるシリウスを見てくすりと笑みを零す。
「ポッター夫妻を頼ればいいじゃない。親友でしょう?」
「いいや、ダメだ。あの2人は新婚ホヤホヤなんだぞ」
「…もしかして兄さん、私に家を出て家を買ってほしいの?」
ギクリとシリウスの顔が強ばる。やはりか。
「シェアなら悪くないと思うけど母上が、ね」
シリウスは唸った。
「それにレギュラス兄さんを一人ぼっちにしたくないもの」
「お前…レギュラス何歳だと思ってんだ。大人だぞ」
「私だって離れたくないの。あ、わかった。いいこと考えた」
「何だ?」
「シリウス兄さん、ホグワーツの教員になればいいじゃない」
「はあ?」
「帰ってくるのは夏休みの間だけだしホグワーツで授業教えながら暮らせるわ」
「いい考えだが…」
モゴモゴ言うシリウスにティファニーは首を傾げた。
「何か不満でもあるの?」
「お前と離れるの嫌」
どこぞのバカップルだ。いや、自分も人のこと言えない。
ティファニーは眉根を下げて笑った。
「結局、今の生活が合ってるのよ」
「そうだな」
半分納得、半分不満。そういったところ。
確かに自分もそう思う。だが環境が変わったら変わったで大変だ。
「俺寝る」
「おやすみなさい、兄さん」
「ああ、おやすみ」
ドアが閉まる。
明日も仕事だ。そろそろ寝なければ。
ティファニーは杖をひと振りしてランプの灯りを消した。