Maybe you're not alone
「まさかこんなところにいるとは思わなかったわ」
ティファニーは組んでいた自身の腕を解き、ベッドの上で不機嫌そうに寝そべる男を見遣った。
「僕もだ」
彼は白いシャツ姿ですぐ横には黒いローブが掛けられている。
「ホームズ先生、お薬さっさと飲んでくださいね」
マダム・ポンフリーはそう言って他の生徒対応へと行った。
「僕は平気なのに」
「ほら、飲んだら?新任の『ホームズ先生』」
シャーロックはこちらを見遣り、一気に飲み干した。
不味そうに顔を歪め、叫びそうなシャーロックの口元を押さえる。
中庭で気を失っていたところを生徒に助けられたらしく、シャーロックはいつの間に医務室のベッドに横たわっていたらしい。
そしてダンブルドアの計らいで新任の先生として迎え入れられることになったという。
「不味い…何だこの不味さは。味わったことない」
「薬はそういうものよ」
「君の世界はすごいな。こんな不味いものを飲めるなんて」
ティファニーは溜息を落としてすぐそばの椅子へと腰を下ろした。
「でもマグルの薬より効果は期待されるわ」
「マグル?」
シャーロックの眉が怪訝そうに吊り上げられた。
そうだ、きっと彼の世界にはそういった単語は存在しないに違いない。
「ここでは魔法を使えないただの人間のこと。今度、怪しまれないように一通りこの世界のこと教えるわ」
「非科学的なことばかりで目が回りそうだ」
ティファニーは視線を落とした。自分だって混乱している。魔法でも理由のつかないことが自分の身に起こっているのだ。
この世界のティファニー・ブラックは確かにいるのだ。成人した姿で。どこかに潜んでいる。誰も彼女の行方を知らない。
そして今、自分の兄シリウスは邪悪な殺人者としてアズカバンに入れられ、ついこの間、脱獄したらしい。
一方、もう一人の兄レギュラスは『死喰い人』となり、既にこの世を去っている。
ティファニーはそれをダンブルドアの口から聞き、衝撃を受けたがすんなりとそれを受け入れることができた。
何となく今いるこの世界の方が実は正しかったのではないのか。そう思えて仕方なかった。今までいた平和なあの世界は実は『IF』の世界でここが現実なのではないかと。
「ティファニー」
「なに?」
「いや、何でもない」
じっとこちらを見上げていたと思うと彼は視線を逸らし、手を組んだまま、真っ直ぐ天井を見上げた。
ぼんやりと何か考え事をしているようだ。
「じゃあ、シャーロック。私は寮に戻るわ」
「ああ、わかった」
ティファニーは青色の懐かしいネクタイを締め直し、医務室を後にした。
自分は3年生の編入生としてレイブンクローへと迎え入れられることになった。
父親はシリウス・ブラックで母親は不明。捨てられ、孤児院で育ったという設定。そして病弱で入学のタイミングを逃したという『事情』で編入することになった。
成る程、分かりやすい。些か出来すぎなように感じるがこれが一番だろう。
「だから僕はその…本当にここがどこなのか分からないんだ」
争うような声にティファニーは思わず足を止めて振り返った。
3人のスリザリン生とグリフィンドール生1人が揉め合っているようだ。可哀想に、と傍観しているとスリザリン生と目が合ってしまった。
「「あ」」
先ほど、ぶつかって喧嘩を吹っかけてきた少年だ。
取り巻き2人は変わらず彼についているようだ。
「また凝りもせずイジメ?」
放っておくわけにもいかず、ティファニーは近づいた。
「また君か、レイブンクローはお勉強でもしてろ」
「なに、そのガキみたいな返し」
と反射的に笑いながら返し、思った。そうだ、自分もガキだった。
少年は薄いグレーの双眸をスッと細め、「なんだと」と怒りを含んだ口調で言った。
しまった。これは大人げなかった。ティファニーはほんの少し微笑み、「ごめんなさい、悪気はなかったの」とすぐに謝った。ポカンと見つめられ、そのまま続ける。
「だからその許してくれない?このグリフィンドール生のことも」
とグリフィンドールカラーネクタイの少年の肩に手を添え、微笑んだ。
「行くぞ、お前ら」
彼は憎々しげにティファニーを見据え、ローブを翻して去っていく。
「…ごめん、助かったよ…。ありがとう」
ふうと息を零す少年と改めて正面に向き合い、ティファニーは衝撃を受けた。
「ジョン…!?」
「あ…ティファニー」
どうやら彼もこの世界へとやって来たようだ。