相合陽傘

“相合傘がしたい”だなんて、言ったら彼女は笑うだろうか?

クリスはサングラスをかけなおしながら、燦々と降り注ぐ日光を仰いだ。
今日も暑い日になりそうだ。
アスファルトの熱気がジリジリとクリスの肌を焦がす。
クリスは任務で最近、コンビを組まされた陽葵の自宅前までやって来た。
彼女は自分より年下の上司だ。
出来る女と有名な陽葵。出来る女といっても固い雰囲気の女性ではない。
銀縁メガネをかけた如何にも気が強そうな女性でもない。
インターホンを押すと彼女は家から出てきた。
熱気に彼女は分かりやすく顔を歪め、パタパタと手で煽ぎ、日傘をすぐに差した。
鞄から鍵を取り出して掛ける。
しっかりとチェックする行動は彼女らしい。

「おはよう、クリス」

「ああ、おはよう」

「今日も暑いね…もう嫌になるわ」

隣りを歩きながら陽葵は言った。
彼女はいつも日傘を差す。白い日傘。

「本当だな」

そんなこと言ってるが自分は暑い夏が嫌いではなかったりする。

「ふふ、クリスすごく汗、掻いてるし」

クリスは苦く笑い、シャツをパタパタとさせて風を服の中に送り込んだ。

「こんな日の聞き込み調査って嫌ね」

クルクルと傘を器用に回しながら陽葵は言った。
クルクルと回る傘を見つめながら、クリスはいつの間に若い青年時代を振り返っていた。
雨の日に同級生の女を傘に入れてあげたときの思い出。
俗に言う“相合傘”。彼女としてみたい、だなんて考えたら止まらなくなりそうだ。

「クリス?」

ハッとして顔を上げれば、陽葵は不思議そうに自分を見上げていた。

「ああ…悪い。考え事をしていた」

「ああそう?熱のせいかもね」

今日気温高いからな〜、なんて言いながら太陽の眩しさに目を細める陽葵。
少し彼女の肌が火照りに薄く赤くなっているのに気づいた。
項から滴る汗にドキリと心臓が落ち着かない。それから目を逸らし、仕事に集中した。
怪奇事件現場の聞き込み調査は進展もないまま、お昼時になった。
この時間帯は一番暑い時間だ。
陽葵の“公園の日陰で涼む”という提案にクリスはすぐに賛成した。
この一帯は周辺に喫茶店がなく、大きな公園しかない。
大きなその公園は木々がたくさん植えられていて木陰がたくさんある。少しは気温が低いだろう。
途中で買ったアイスを食べながらクリスと陽葵は公園の道を歩いていた。
彼女の片手には日傘、もう片方はオレンジの棒アイス。
多少、陽光が入って来るがそれでも大きな木々が日光を遮り、風が時折吹いて涼しかった。
彼女の豊かな髪がサラリと風を孕んで音を立てた。柔らかそうな髪だ。
クリスは片方の手で未だに白い日傘をクルクルと回す陽葵を見て苦笑した。
それに気づいた彼女は「何よ」と笑いながら聞いてきた。「何でもない」と繰り返すが彼女は引き下がらない。
クリスの顔を覗き込み、「気になるから言いなさい」と言った。笑顔で「上司命令」と付け足して。

「そこで上司を使うのか」

狡い女だ。

「だって気になるじゃない?」

クリスはジッと見つめてくる陽葵に観念して口を開いた。上司なだけある。

「いつも日傘差してるなと思っただけだ」

きょとん、と彼女は目をパチクリさせ、やがて「それもそうね」と呟き、傘を閉じた。
それをクリスは残念に思った。

(相合傘…)

残念そうに見つめているのが分かったのか陽葵は「ん?」とアイスを銜えたままクリスを見返してきた。

「アイス、欲しいの?」

勘違いされたらしい。
首を横に振り、ついついクリスは口を滑らせた。

「相合傘してみたかったんだ」

しまった、と思った時には遅かった。陽葵は聞いてしまっている。
彼女は笑いながら「何それ〜」と言った。
頬に熱が集まるのを感じる。そんな年齢でもないのに。絶対に彼女に引かれた。
クリスは頬の熱を隠すためにそっぽを向いたまま小さくため息をついた。
公園を出て陽葵は何事もなかったかのように(自分が意識し過ぎているだけ)捜査を開始した。

「結局、何も手がかりなかったわね」

ふぅ、と息をつきながら陽葵はやはり日傘をクルクルと回した。

「また明日も調査だな」

夕方といえど、まだ暑い。
オレンジ色の太陽は先ほど、陽葵が食べていたオレンジのアイスを思い起こさせる。
サングラスを外してポケットに入れながらクリスは夕陽を目を細めて見据えた。
不意にかかった影に驚いて顔を上げるとすぐ近くに陽葵がいる。
少し背伸びをして彼女は何気なく無言でクリスを傘に入れていた。
髪の合間に少し見える耳が赤いことに気づき、クリスは気付かれないように短く笑った。
そしてそっと彼女の持つ日傘を取り上げて持つ。

「今日だけ特別よ、クリス」

「…ああ」

「相合傘なんてあたし初めてよ」

悪戯っぽく笑いながら言う陽葵にクリスは微笑みかけた。
確かにあまり聞いたことがない。

「陽葵」

「ん?」

「ありがとう」

そう言えば、彼女は柔らかく笑った。



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