犬を拾いました2
「これを作ったの?」
「はい」
青年は正座を崩すことなく、お盆を抱き、爽やかな笑顔で頷いた。
「全部?」
「はい」
やはり爽やかな笑顔だ。
「1人で?」
「はい」
エプロンを買ってきてあげようか。なんて本気で考え始める。
何だ、この女子力。この女子力の差は。この敗北感は。
陽葵はテーブルに広げられた“朝食”たちを見下ろした。程よくきつね色に焼けたトーストの上にはベーコンエッグ。
ベーコンエッグの卵はピンク色と好みだ。息を吸い込めば、ベーコンと豆から挽いたような香ばしいコーヒーの匂いがした。うん、朝食の匂いだ。
その他にジャムが塗られたトーストに、サラダ、簡単なスープ。
「私が…食べていいの?」
「はい、貴方のために作ったんですから」
わ、イケメン。もしかしてもしかすると、自分はとんでもない拾い物をしたかもしれない。
昨晩、拾った青年ピアーズを凝視すれば彼は不安そうに眉根を下げて困ったように視線を揺らした。
「そんなに綺麗な人から見つめられると照れます」
さらっと綺麗と言いやがった。男からフラれて初日でこんなに舞い上がってしまう出来事あるのかしら。
突然、やってきた神からの恵みにも似た彼に戸惑いと不安が隠せない。正直のところ自分にはもったいない男だ。
顔も、肉体も、悪くない。むしろ、パーフェクトだ。そして家事もできるこの男を女は放っておくはずないだろう。
「えっと…頂きます」
手を合わせてコーヒーを一口飲み、トーストに齧りついて食べ始めれば「どうぞ」とじっと見つめられる。
料理の感想を待っているのだろう。イケメンにそんなに見つめられると恥ずかしい。
咀嚼し、広がる香ばしい麦とベーコンの匂い、そして卵のまろやかさに固まる。美味しい。
喫茶店レベル以上。フレンチレストランで働いていても頷ける腕だ。
「美味しい」
「本当ですか」
「嘘は言わない」
「良かったー…」
ホッと息をつくピアーズに微笑み、コーヒーをもう一口飲む。
「貴方は?食べないの?」
「俺は居候の身ですから」
「そんなこと気にしなくていいの。食べて」
「でも」
その上、このように遠慮して礼儀正しい。
「誰かと一緒に食べた方が美味しいの。飼い主命令よ」
「わ、かりました」
「ん…、いい子ね」
口元についたパン屑を手ぬぐいで拭い、立ち上がり、彼の柔らかな髪を撫でた。
「な…」
照れている彼を背に陽葵は適当に皿をとり、席へと戻った。
「はい、分けましょう」
「俺、結構食べますよ」
確かに見た目的にたくさん食べそうだ。
陽葵は肩を竦めた。
「当分、お金は全部、食糧費に回るかしらね」
くすくすと笑い、陽葵は「美味しい」とまた笑みを零した。