初恋の貴方

2012.12.24 東欧 イドニア共和国

燻る炎の中、その人は立っていた。冷たい風が肌を突き刺す。
軍用ブーツに軍用コート、重々しいAKライフルを肩にかけ、じっとこちらを見据えて首を傾げている。
見た目は以前と変わらず若々しかった。自分より年下に見えるくらいだ。変わったといえばその身に纏った緊張感だろうか。戦場独特の緊張感。
報告で彼女の名前はたくさん聞いた。アメリカの特別エージェントとして活躍する彼女の名前を。
詳細はあまり知らされなかったが(情報が極秘なだけに)B.S.A.A.でも一目置かれるくらいであのクリスとジルの知り合いとだけあって英雄視されてる。
周りの人間はそんな陽葵・ブラックフォードとピアーズが関係を持っていることなんて知らない。
彼女がラクーンの生存者であったことはB.S.A.A.へスカウトされて入隊後に知った。その体内に呪われたウィルスを持っていることも。

「何してる、陽葵。早く進まないと作戦に支障が」

クリスがそんな彼女に声を掛けた。彼女はこちらの人間じゃないから従う必要もない。
というより作戦の内容も把握していないと思う。
彼女は一エージェントとして派遣されてきたらしいのだから。
陽葵の視線はピアーズ一点に注がれたままだった。
それに気づいたクリスは口元を緩めピアーズの肩に手を乗せた。

「ピアーズがどうかしたのか」

名前を聞いてピンとしたらしい。
彼女は「あ」と小さく声を上げると瓦礫の山から身軽に飛び降りて近づいてきた。
身近で見つめられ、思わず固まる。

「ピアーズだ、懐かしい」

気づいたようにそう言った陽葵にクリスは片眉を吊り上げた。

「知り合いか?」

「うん、何年前かな…小さいピアーズのお世話してたの」

悪びれた様子もなくそう言い切った陽葵の話を聞いた隊員たちは一斉にニヤけた。
恥ずかしくなり、思わず視線を逸らす。
この人に悪意がないのが憎いところである。

「幼少期のピアーズさんのお世話してたんですか!すごい!やっぱりピアーズさん、可愛かったですか?小さい頃は」

興味を持ったらしいフィンが身を乗り出す。

「やめろよ、フィン」

「すみません」

しゅんと項垂れるフィンを不憫に思ったのか陽葵は口を開いた。

「すごく可愛かったよ。最初は素直じゃなかったけど」

「陽葵さん!!」

赤裸々と昔のことを言われ、分かりやすく照れるピアーズに向かって陽葵はくすくすと笑った。
ウィルスの影響で成長が止まったらしい彼女は年下に見えるのだからさらにタチが悪い。
クリスが微笑ましくこの光景を見るのだから止める者は誰一人としていない。
止めろよ、隊長だろ。と心の中で叫ぶが届くはずもなく。

「任務続行しましょう。行きましょう、キャプテン」

半ば無理やりこの話を終わらせる。
こんな懐かしい話が続いていたら気恥ずかしくて集中できない。
スタスタと歩いていくピアーズの隣にやって来たフィン。

「ピアーズさん!」

「何だ」

ぶっきらぼうにそう返すとフィンは無邪気に口を開いた。

「ピアーズさんの初恋の相手なんですね、陽葵さんは」

思わず足を止め、フィンを見下ろす。開いた口が塞がらない。
このルーキーは一体何を言っているのだろうか。
動揺している自分に気付き、さらに戸惑った。動揺を悟られまいとピアーズは表情を引き締め歩き出した。

「なぜそう思う?」

「そんな目、してます」

ピアーズは思わず隣を歩くフィンを見遣った。
ニコニコとここが戦場にも関わらず笑顔を浮かべ、自分を見上げてくる。

「フィン、このことは」

「はい、勿論内緒にしておきます」

ビシッと敬礼するフィンに向かってピアーズは眉根を下げた。仲間に呼ばれて離れていくフィンを見送り、前を見据える。
ふと後ろを振り返るとクリスと陽葵が並んで何やら話し込んでいる様子だった。
笑顔を浮かべている2人はまるで兄妹のよう。何年も前のピアーズと陽葵もそんな風に周りから見えたのだろうか。
今は自分の方が体も大きく力だってある。忘れられない斜め後ろから見えた陽葵の強い眼、凛々しい斜め横顔。

「ピアーズ」

微笑を浮かべてこちらに向かって手を振る陽葵。
今度は自分が守りますよ。あの時、貴方が俺を守ったように。
ピアーズは微笑み返して片手を上げるのだった。



×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -