dreamin’with you


アリスが寝室のドアをそっと開けると、そこにはその部屋の主である人物が静かに寝息をたてて、普段よりも幾分幼い表情でベッドの上で眠っている。


起こさないように慎重にドアを閉めると、ベッドの隣まで移動する。




まつげ長〜い、羨ましい。

色白〜い、肌綺麗だな。

整った顔立ちだよね〜。

やめよう、なんか悲しくなってきた…



朝っぱらから乙女を悲しくさせた罰(完全な八つ当たりともいう)として、
眠っている彼の鼻先を指でつついてみると、不快だったのか眉間にシワがよった。


なんだかその反応が面白く、もう一度つつく。
今度は、顔を左右に動かした。


普段の彼からすれは、完全なる無防備。
そして、こちらが優位に立っているとくれば、ここで止めてやる手はない。
3度目のいたずらを仕掛けようと手を伸ばすと、透き通るようなブルーアイズと視線が重なったと同時に、
伸ばした手を白くしなやかな腕で掴まれて、そのままベッドの中へと身体ごと引き込まれる。




「シャーロック?!起きてたの?!!」




ベッドの住人こと、シャーロックにシーツの中で抱きかかえられる形になり、寝たフリなんて性格悪い!と言おうとしてあることに気付く。




「ちょ、服!!」


「なんだ、僕が寝る時に服を着ないのは知っているじゃないか」




そうだけど!!そうなんだけども!こちらとしては心臓に悪い。しかも…




「せめて下着くらいはこうよ!」


「なぜ?」


「『なぜ?』って、そうくる?!」




予想してなかった返答に、いったいどうやったら
この頭脳明晰な(お子様)探偵を納得させられるだろうか、と思案していると、
頭の上でクスリと彼が笑うのが聞こえて、顔を上げる。




「アリス、寝込みを襲うなんて随分大胆だな」


「襲ってません。しかもシャーロック嘘寝してたんでしょ?寝込みじゃないじゃない」


「いいや、寝ていた。アリスのちょっかいがしつこくて目が覚めたんだ」




そう言いながら、シャーロックは身体を移動させる。
私をベッドに組強いて、まるで上からの眺めを堪能するように彼の口がゆるりと弧を描き、細められたブルーアイズに視線さえも捕らえられる。


白く、しなやかで、意外と筋肉がついているシャーロックの身体と、吸い込まれそうなブルーアイズ、そして彼の香り。その全てが、私の心拍数を上げる。




「アリス…、」




囁くように言われ、シャーロックが顔を私の首筋に埋めた。
耳に彼の唇の感触が伝わる。




「…何か、期待しているのならそれに答えるが?」




言葉の意味を理解すると、上に乗って余裕でしたり顔をしているシャーロックを、全力で横へ押しやる。
彼は油断していたようで、抵抗なくあっさりと私に勝ちを譲った。


自分の顔が熱い。心臓は、これでもかというほどに高鳴っている。




「するかっ!!」




もう知らない、シャーロックのアホ探偵め!


そう心中で罵りながら、彼に背を向ける。
我ながら、本当にそう思うのならベッドから出てしまえばいい話しなのだが、そこはやっぱり、惚れた弱みというやつだろうか。


シャーロックはといえば、一人むくれる私の反応が面白かったようで、くすくすと笑いながら私の答えに対して「つまらん」、と笑い声とは
正反対の言葉を言うと、長い腕を巻き付けて私を背中から抱きかかえてきた。彼の顔が、私の後頭部にすり寄せられてくすぐったい。


じわり、伝わる体温が優しい。




「君の香りがする」


「え?」


「好きなんだ…」




やっと少し落ち着いてきた心拍数が、また上がるのが意識しなくてもわかる。




「アリスの……香りが…」




香りかいっっ!!

彼の言葉に少しの期待をしてしまった自分に対して落ち込んでいると、
すぐ後ろから気持ちの良さそうな静かな寝息が聞こえてきた。


そっと、起こさないように身体を反転させ見上げると、薄らと微笑んでいる寝顔があった。
その微笑みを、あげられたのは自分なのだと、少しだけ奢ってみてもいいだろうか、とアリスはシャーロックの頬に優しく触れる。


滑らかな肌の感触。手をそのまま下へと滑らせて、左の胸板にあてる。
その皮膚と肉の下、脈打つ彼の心(しん)の臓(ぞう)


静かに胸に頬を寄せ、耳を当てると、確かな音が響く。


ふいにまわされていた腕に力が入り、さらに抱き寄せられる。
彼の無意識のそれに、今度口端があがったのは私だ。





シャーロックが、いつも見ている世界は、誰かの『死』だ。
そしてそれは、往々にして、だれかの『欲』によってもたらされたもの。


それらを読み解くことこそが、かれの嗜好なのだとわかってはいるけれど。
それらにずっと触れている彼が、魅了されている彼が、いつか消えてしまいそうで不安になる。



深淵を覗くとき、深淵もまたこちらを覗いているのだ (Friedrich W Nietzsche)


名言が頭を過り、アリスは小さく震えた。


白い肌、透き通るようなブルーアイズ。

触れられるほど近くにいて、抱き寄せられている腕の感触も、
体温も、こんなにも確かだというのに、そのどれもが、今、この瞬間にでも儚く消えてしまいそう。シャーロック・ホームズという人の存在自体が。



だから、少しでもいい。


私の見る世界を、あなたにも見て欲しい。ただ、一緒に、その目で見てくれるだけでいい。私の世界を。


エゴだということはわかっている。同じものを見たとしても、
同じ世界にいるわけではないということも、自分勝手な妄想でしかないってわかっている。
わかっているけれど…

私の香りが、好きだと言ってくれた。


朝日の射すベッドで、こうしてあなたの腕の中で、眠りにつこうとしている。


目の前には、いつもより少し子供っぽさのある、あなたの寝顔。
この寝顔を、こうして見ることができるのは私だけ。





だから、今、この瞬間だけは、

誰も邪魔できない、


わたしたちだけの世界(The world)




こんなふうに、あなたと過ごす、あなたが退屈だと言う静かで、なんてことのない日常の、この一瞬ですら……


ねぇ、私、すごく幸せなの



自然と重たくなる瞼に、目の前で眠るその人の寝顔を、もう少しだけ見ていたいと少しの抵抗をみせるが、
意識は深く優しいまどろみの世界へと落ちていった。




ねぇ、シャーロック…


あなたも、そう、

思っていたらいい、の、に



end

2010/10/20


はふ…
ため息が出るほど美しく繊細な描写。とっても素敵な作品です!
棗さまありがとうございます!!
棗さまの作品を読んだ後に私のを読んだら何だか私の駄文が際立ちます…。
素敵過ぎる!そして感激で、錯乱しそうです!!
ご覧になった皆様
棗さまの『syno26』を是非ともご覧になってください。




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