それを恋としたところで2

「はあ…」

シリウスはパリッとしたハンカチをポケットから取り出し見遣った。
スリザリンの女が忘れられなかった。アリスと名乗ったあの優しい笑顔の長い髪の女。
ピンクのチェックのハンカチは上品と落ち着きのあるデザインだ。

「え?シリウス、そのハンカチ一体どうしたんだい?」

勢いよく振り返れば部屋のドアを開けて佇むリーマスの姿があった。
彼の存在に気づけなかったとは…。リーマスは鞄をベッドへ放り投げ、苦笑を浮かべた。

「そんな驚かなくても」

「あ…悪い」

自然な動作でハンカチをまた丁寧にポケットへ仕舞い込んで窓の縁に座り直した。
近くにいるリーマスを見遣り、また溜息を落とす。
リーマスが眉間に皺を寄せる。まるで一体どうしちゃったんだ、とでも問うているかのよう。とかくそんな感じだ。そう言いたげだ。
黙っているところを見るとシリウスが言うまで待っているのだろう。シリウスは仕方なく口を開いた。

「こないだ…」

ピーブズが廊下で水爆弾を落とそうとしたこと、女子学生が本を守ろうとしていて思わず自分が庇ったこと、
びしょ濡れになってしまいハンカチを貸してくれたことを大雑把に話した。

「シリウス…それって」

「俺はとにかくハンカチを返したいだけだ、ただ会うことがないからいつまでも返せなくてな…」

リーマスの言葉を遮るようにそう話し、窓の外へと視線を遣る。
友人の視線を感じる。
それを振り払うようにシリウスは無視した。

「じゃあ、僕が返そうか?」

リーマスの言葉にシリウスは思わず振り返った。

「嘘だよ。返したくてウズウズしてるじゃないか、シリウス」

「別にそんなんじゃない。俺はただ…ただお礼を言いたいだけだ」

「ふーん、そうかい。頑張って」

罰が悪い。どこか嫌な空気に包まれた。シリウスは鞄を引っつかむと部屋を後にして談話室を突っ切り寮を出た。
ひんやりとした廊下を歩き、階段を降りる。
どこへ向かえばいいか分からず、廊下を歩き続けているとシリウスはピンと閃いた。
あの日彼女は大事そうに本を抱えていた。もしかしたら、と淡い期待を抱きシリウスは踵を返した。

*

図書館へやって来た。珍しそうに生徒たちはシリウスを見つめていたがそれを無視する。
本棚の間という間を見たがそこに彼女の姿はない。最後の棚へとやって来るとシリウスは足を止めた。
やっと見つけたがシリウスの目は彼女に吸い寄せられたように縫い付けられたように動かなかった。
アリスは一生懸命手を伸ばして一番上の段の本を取ろうと躍起になっていた。
プルプルとつま先立ちになって片手を真っ直ぐ伸ばしている。髪が少し顔にかかり、眉を寄せて真剣にそれを取ろうとしていた。
踏み台を使えばいいのに、と思ったが周りにはそれがない。誰かが持ち去ってしまったのだろう。魔法という手段もあるが図書館内は使用禁止だ。

「ん…」

細い息を吐き出す彼女にやっとシリウスはハッとし駆け寄った。
背後までやって来てシリウスは問いかけた。

「どれを取りたいんだ?」

彼女は手を伸ばしたまま「あれ。あの赤いちょっと分厚い本」と答えた。

「あの青い本の隣りの…そうそれ!」

シリウスはそれを取ると向き直ったアリスに渡してあげた。
息をつき、少し乱れた髪を整えながら彼女はそれを受け取った。

「ありがとう。あ…あのときの」

それからホンの少し困ったように首を傾げ「名前聞いてなかった。お名前は?」と聞いてきた。

「シリウス」

「シリウス、本すごく助かったよ。ありがとう」

笑みを浮かべたアリスにシリウスはポケットを探ってハンカチを取り出した。

「あ、それ…捨てられちゃったらどうしようって思ってたの。ありがとう!」

「そんなに大事な物なのか?」

「うん、お母様からのプレゼントなの」

滅多にくれないから、と続けて本当に嬉しそうに手元のハンカチに視線を落とすアリスにドキリとする。

「丁寧にアイロンまでかけてくれたんだ?ありがとう」

さっきから感謝の言葉を言わせてばかりな気がする。
何だかそれが居た堪れなくて悔しかった。

「いや、こちらこそ大事な物を貸してくれてありがとう」

「ううん、助けて貰ったし、ハンカチも丁寧に返してくれたし…こうして本もとってくれた」

片手でシリウスがとった本をひらひらとさせてニッコリ笑うアリスにつられてこちらも思わず口許を緩めてしまう。

「何かお礼をさせてくれないか?」

「え?お礼?私、何もしてないよ。ただハンカチを無理やり押し付けただけだし」

“無理やり押し付けた”。
その表現が何となくシリウスは気に入った。
今まで接した女の子で全く違うタイプの子。新鮮でもうちょっとシリウスは関わっていたいと思った。

「いやさせてくれ」

「え…うーん…それじゃあお言葉に甘えて」

「ああ、何がいい?」

アリスは考え込むような素振りを見せ、やがて困ったようにシリウスを見上げた。

「思いつかないからまた今度会ったとき、でいいかな?」

今度、会う…。あまりの衝撃にシリウスは言葉が出てこなかった。
また会っていいのか。

「ああ、じゃあ宿題な」

「オーケー。じゃあ私、寮に戻るから」

彼女の背中を見送り、シリウスは溜息をついた。
会えなかったらどうしようか。チャンスがなかったと思うしかないだろう。
そう考えると何だか少し憂鬱だった。




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