好きだよ、君みたいな人


行ったり来たりを繰り返すシャーロックは苛立っていた。
ジョンは彼を宥めるための言葉をあれこれ考えたがどれも無意味。
シャーロックは未だに掴めない男であるため余計に彼を苛立たせてしまうのは目に見えていた。彼がこんなにも苛立たせる原因はハッキリと分かっている。
“彼女”だ。彼女しかいない。余裕そうに微笑み、抜群のスタイルの美しい女。アリス。
彼女のことはその名前しか分かっていない。ミステリアスな彼女は頭が良い。
シャーロックとはまた違った天才的な頭脳の持ち主だ。あのモリアーティさえも一目置く存在。
彼女は気まぐれでゲームを楽しんだり、最近ではシャーロックの担当する事件を先回りして解決してしまうことからシャーロックに疎まれている。
アリスは悔しげな表情を浮かべるシャーロックを見て楽しんでいる。それがまた彼を苛立たせる原因だったり。
しかしつい先日、大事件が起きた。
アリスがシャーロックに告白じみたことをしたのだ。
あの光景は一生、目に焼き付くに違いない。王室のパーティーに招かれたとき“彼女”は現れた。
真っ赤なスリムでシルク生地のドレスを身に纏いシャーロックとジョンに向かって微笑んでみせた。
シャーロックはなぜだかそのままジョンを置いてアリスへと歩み寄りダンスに誘った。
彼女はいつもの調子ではぐらかしたり断るのかと思えば快くシャーロックの誘いを受けた。
シャーロックは芝居がかったように丁寧にお辞儀をしてダンスを楽しんでいるようだった。
そして彼女はジョンが一緒にいるのにも関わらずニッコリと微笑んで爆弾を落とした。

「好きだよ、君みたいな人」と。

シャーロックはあの夜以来、どこかへ行ってしまったかのように心ここにあらずでヴァイオリンを弾こうと構えたかと思えばやめるし、
立ったと思えばため息をついて座ってしまうし。

「シャーロック」

堪りかねたジョンは彼の名前を呼んだ。
シャーロックは不機嫌そうに行ったり来たりを繰り返しながらぶっきらぼうに「何だ」と返した。
彼の手が落ち着き無くポケットの上からスマートフォンに動くのを見ながらため息をついた。
シャーロックの顔が顰められる。なぜ呆れられなければいけないのか、とでも言うように。

「事件は?」

「全部、“彼女”にもってかれてるよ」

「あ…そう」

「いつもアリスから事件の解決報告をしてくれてるのに解決を知るのは新聞を通してだ!」

バン、とテーブルの上に新聞が乱暴に置かれる。まるで子どもがお気に入りの玩具を横取りされたかのような行動。
そう、彼女はシャーロックの行動という行動を読んで先回りしてしまう恐ろしい女性なのだ。
それに出逢った当初からシャーロックを子ども扱いするような肝の座った女性でもある。
確かにシャーロックよりは幾分か年上なようだが。

「向こうは焦らしてるんじゃないのか?早く行動しろ、私を楽しませてよって」

彼女の真似をすればシャーロックは興奮した様子でジョンのパソコンの蓋を開き、キーボードを叩き始めた。

「ああ、そうしてやる。アリスの好きなようにさせてたまるか」

結局、その行動こそが彼女の思う壺なのではないのか。
ジョンはそう口を挟みたかったがシャーロックは情報収集に夢中になっているらしく言っても聞く耳持たないだろう。
ライバル心剥き出しのシャーロックは珍しい。
こんなシャーロックをブログに書けば訪問者数が増えるに違いない。ジョンは早速、頭の隅でブログに書く文章を組み立て始めた。

「ジョン、彼女のことはブログに書くんじゃないぞ」

それを見透かしたかのようにパソコンを操作しながら届いたシャーロックの声。
あと僕のことも、と付け加えたシャーロックはジョンの考えを読んだようだ。

「わかったよ、書かない」

「それでいい」

「ええー書いたら面白そうだけど」

「ジョン、何度も言うが…」

シャーロックはようやく振り返った。
ジョンはシャーロックの視線を受けて首を横に振った。

「僕は何も言ってないよ」

「今のは…」

「元気にしてたかな?Mr.ホームズ」

アリスだった。彼女は妖艶に微笑みながらテーブルの上に座っていた。
クスクス微笑み余裕そうに足を組んでいる。その顔はいかにも賢そうだった。
実際に賢いのだから顔に性格が滲んでしまっているのだろう。

「アリス、勝手に入ってくるなと何度」

「勝手に?私はきちんとハドソン夫人に許可を取ったよ」

シャーロックの言葉を遮って彼女は言った。

「それよりなぜ最近、事件の」


「事件の解決のメール?それなら君にはとっても簡単過ぎて話にならない事件ばかりだからだよ。結末を聞けば下らないと返されるのは明白だし」

またしてもシャーロックの言葉を遮るアリス。
ジョンはシャーロックが圧倒される様子をあまり見たことがないのでアリスとシャーロックの会話はいつもいつもジョンの密かな楽しみとなっていた。
こうしている間にもシャーロックの顔がどんどん険しくなっていく。

「でも安心して?きちんと難しくて君好みの事件に当たったら譲るつもりだから」

私、あまりにも難しいのは解けないから、と続けて言ったアリスはシャーロックしか解けない難問な謎があると言っているようだった。
その言葉を受けたシャーロックは心なしか嬉しそうに見える。
ジョンは心の中でニヤつきながら黙って会話する二人を交互に見つめた。

「だから拗ねないで欲しいかな?君にはいつも通りにしてもらいたいの」

アリスはそう言ってシャーロックの傍へ歩み寄った。ジョンは本で顔を覆い隠しながらそっと覗いた。
手を握り合う二人。ああ、またやるつもりだ。
ジョンは呆れ果てて邪魔をしてやろうと一瞬思ったがシャーロックとアリスの機嫌を損ねたら後が怖い。特に報復行動が。
部屋にやけに大きく響くリップ音。こっそりと本から覗くと二人は案の定顔を寄せ合っている。
いい加減、恋人とお互いに認めて欲しいものだ。



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