願いはただ一つだけ


陽光が燦々と降り注ぐ昼時の時間帯。一人の女が白い杖を頼りに歩いていた。
公園では元気な子供たちの声がたくさん聞こえる。
遊具のキーキーという音。子供たちのキャッキャ、とはしゃぐ声。
女――陽葵はいつも座るベンチに腰掛けた。
人知れず、微笑む。その表情は優しげで温かいものだった。

「Hi」

聞きなれた低い声に陽葵は顔を僅かに上げ視線を動かさずに笑みを深めて「こんにちは、レオン」と返した。
男がゆっくりと地面を踏み締めてここまでやって来るのが聞こえた。
踏みしめる草の音。

「また一人でここまで来たのか?」

隣りのベンチに気配を感じながら陽葵は頷いた。

「だって、陽光と草の良い匂いがしたから」

「…危ないだろう。君に何かあったら俺が困る」

そんなレオンの台詞に陽葵は頬が熱くなるのを感じた。
慌てて俯く。
クスリ、と隣りで彼が笑うのが聞こえて俯いたまま彼女は「笑わないで下さい」と返した。
そしてムッと顔を顰めて、彼がいる方へ手を伸ばした。
手探りで触れようと伸ばすが全く届かない。それが何だか悔しくて。

(レオンっ、どこっ…)

「俺はここだ」

柔らかい声と共に後ろから抱き寄せられた。

「意地悪。私が目見えないことを良いことにこっそり背後とったわね…」

自分を抱き寄せた力強い腕に触れながら陽葵は不満そうに言った。
するとレオンは腕にさらに力を込めた。

「君の目が見えないことを良いと思ったことは一度もない」

レオンの言葉に陽葵は正面から彼の腕に飛び込んだ。
彼は驚いているようだ。
だって何だか嬉しかったから。
そっと彼の顔に手を添える。硬い肌に触れる手。

「レオンの顔…一度で良いから見たい」

陽葵の双眸は確かにレオンを映しているのに、焦点が合ってなくて光がない。
レオンは切ない、何とも言えない気持ちが込み上げてくるのを感じた。
そっと彼女の唇に口付ける。

「俺も君に俺の顔を見てほしいさ」

陽葵は確かに目の前にいるレオンを見つめた。
頬に添えた手をそっと動かして彼の顔に触れた。
鼻、目元、輪郭、唇にそっと触れていく。
微かに彼は身じろぎした。

「陽葵、くすぐったい」

声を少し上げて陽葵は笑った。
何だか想像できる彼の表情が彼女には面白く感じた。

「レオン、私はどんな顔をしてる?」

彼女の声にレオンは動きを止めた。
フッと柔らかく笑って、口を開く。

「…綺麗で、笑顔が優しくて可愛い女の子だ」

赤面する彼女を見てレオンは笑った。
こんなにも優しくて良い子なのに、どうして神は彼女の光を奪うのだ?
それがレオンには理解できなかった。

「レオン?」

不安そうに自分を呼ぶ声に顔を上げた。
しばらく黙っていたのが彼女を不安にさせたらしい。
レオンはそっと彼女の髪を撫でた。

「俺が君を守る」

「どうしたの?急に」

不思議そうな表情の彼女にレオンは「何でもない」と答えた。

「生きてるうちに、レオンの顔が見たいな…」

そう呟き体を寄せる陽葵の背中に腕を回した。
青空を見上げる。
静かだ、レオンは思った。
子供たちのはしゃぐ声、遊具の軋む音、時折空を横切る飛行機の音。
全てが静かで、平和だ。
陽葵の体はすごく温かい。

「生きているうちにきっと医療も発達する。それまでの辛抱だ」

「うん」

目を閉じる彼女の瞼に指先でそっと触れる。
擽ったそうに目を閉じたまま笑う陽葵。そんな彼女の笑顔を見つめながら願わずにはいられなかった。
どうか生きているうちに彼女の目がよくなりますように。




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