君色萌え

「へえ…小さい頃の陽葵、とっても可愛いわね」

クレアのそんな声が聞こえ、レオンは後ろを振り向きたくなったが生憎、自宅で書類を作成中で完成させないと上司に怒られる。
期限はまだ先だと呑気にしていたらいつの間に期限が明日へと迫っていたのだ。
今では余裕なんてこれっぽっちもなかった。レオンは指を動かしながら必死に言葉を頭脳で絞っていた。

「そんなことないよ」

陽葵の柔らかな声が聞こえてきて何を見ているのか気になったが振り向こうとしたレオンにすぐさま気づいたクレアが低い声でレオンと名前を呼んだ。
姿勢を正しレオンはスピードを上げた。完成させないとダメらしい。
傍らに置かれたマグカップに手を伸ばし、冷めたコーヒーを飲み干す。クレアと陽葵はクスクスと笑いながらその様子を見ていた。
そして二人はテーブルに広げた1冊のアルバムに視線を落とす。それは陽葵の幼いときに日本に住んでた頃の写真だった。

「やっぱり春は桜ね。日本ってやっぱり綺麗だわ」

「クレア、それ梅」

「あ、そうなの?陽葵着物着ているわ!とってもキュート」

「クレア、さっきから可愛いばっか」

「だって本当に陽葵ってば可愛いんだもの」

うふふ、と微笑むクレアこそ可愛いと陽葵は思う。クリスが彼女を可愛がる理由が分かる。

*

「終わった…」

と、レオンが言ったのはクレアが帰った後だった。陽葵は瞼を擦りながら上体を起こした。
時計を見れば夕方の4時。いつの間に寝ていたらしい。こちらに顔を向けてレオンは微笑んで手招きした。

「アルバムも持ってこい」

どうやら彼は日本文化が気になるらしい。
レオン自身はもちろん日本文化にも興味はあるが本当に興味があるのは陽葵の幼い頃の写真だった。クレアが可愛いを連呼し絶賛していた写真が。
陽葵は分厚いアルバムを腕に抱えて彼に導かれるままに膝の上に乗った。後ろからキュッと抱きしめられ、陽葵もレオンもホッと息をついた。
そして陽葵の膝に乗せられたアルバムを捲る。
最初に開いたのは春の写真。
梅、桜を前にまだ幼い陽葵は着物を着て愛らしい笑みを浮かべてピースをしている。

「キモノってお淑やかなイメージがあったが君が着ると可愛いな」

「そんなことないよ。小さい頃は誰でも可愛く見えるだけ」

次に開いたのは夏の写真だった。
夏祭りの浴衣の写真だ。レオンがあまりにもそのページに止まったままなので陽葵はレオンを振り返った。彼は真剣な顔をしてそれを見ている。

「レオン?」

「あ…悪い」

「気になるものでもあった?」

「これってキモノとはまた別のものなのか」

「ああ…うん。浴衣っていうの」

「ユカタ…こっちも可愛いな」

あまりにも真剣に可愛いというものだから思わず陽葵は吹き出した。
レオンは不思議そうに陽葵を見つめる。
首を横に振りながら陽葵は「何でもないの」と言った。

「日本のこと気に入ってくれた?」

一通りアルバムを見終わり陽葵はそう問うた。
レオンはコクリと頷いた。確かに日本は素晴らしいと思う。
初めて見た着物、浴衣、夏祭り、日本家屋などどれも見ていて飽きないものだった。シンプルで綺麗で飾らない文化。

「萌え〜ってなった??」

「も、モエ…?」

元気よくそう聞いてきた陽葵の口から見知らぬ言葉が飛び出てレオンはたじろいだ。
モエとは一体なんだ。
戸惑うように陽葵を見つめれば彼女は焦れったそうにアルバムを手に「ちょっと待ってて」と早口で言うとリビングを出て行った。
数分後、戻ってきた陽葵の姿を見てレオンは唖然とした。
何なんだ、一体…!目のやりどころに困りレオンは視線を彷徨わせた。
かつての英国に存在したハウスキーパーや使用人が着用していたエプロンドレスのような…。
陽葵が着てきたのは黒と白を基調とした所謂『メイド服』である。機嫌が良さそうに陽葵はニッコリと可愛らしい笑みを浮かべて
クルリと一回転回ってみせた。その拍子に揺れるフリルのスカート。見えそうで見えないスカートの奥…。見える生足。靴下の丈は長い。

「レオン…?おーい」

陽葵は首を傾けて固まるレオンに近づいて見上げた。

「陽葵…それ…何だ…」

「え?メイド服だけど…似合わない?」

しゅんと悲しそうに俯く陽葵に慌ててレオンは口を開いた。

「似合う!…ただ可愛すぎて言葉が出なかっただけなんだ」

「あ、ありがとう…」

へへ、と笑いながら頬をほんのり桃色に染め見上げてくる陽葵にドキリと胸が高鳴る。
俺を殺す気か、なんて問いたくなる。
元々、可愛らしい陽葵にフリフリのレースにリボンという組み合わせは見事にマッチングしていた。

「これが日本の“萌え”だよ!」

「モエ?」

こくこく、と頷き陽葵は拳を固めて真剣な表情でレオンを見上げた。

「キュンキュンって来なかった?」

「きゅ、きゅんきゅん?」

「そうそう!心臓がこう…キュン☆って」

「心臓が…きゅん?」

「カワゆすって!」

「カワ…ユス?」

「自然と魂が叫びたくならない?萌え〜!って」

「…?」

レオンは混乱しながら“萌え”について力説する陽葵を見下ろした。
よく分からないがレオンは素直に陽葵のこと可愛いと思った。頭を撫でながらレオンは優しく微笑む。

「要するに“萌え”とは可愛いよりも強いニュアンスの言葉なんだな」

頭を撫でられながら陽葵は「難しいことはわかんないけど、多分そう!」と笑顔を浮かべてレオンを見上げた。頭を撫でながら続ける。

「じゃあ、俺は陽葵萌えってわけだ」

「……!」

「今度はその格好で猫耳をつけてくれたらもっと『萌え』、だな」

陽葵の髪を彼女の耳に掛けてレオンは露わになったその熱くて赤い耳にそっと口づけた。





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