それを恋としたところで1

「ってぇ…」

シリウスはそう漏らして自身の頬を摩った。
呆れたように悪戯仕掛け人…友人たちはそんなシリウスに視線を送った。
ただ一人ジェームズはそんなシリウスに向かってニヤリと笑ってみせた。

「パッドフット、君は本物の彼女を作らないで一生を送るつもりかい?」

「あ?本物の?」

眉を顰めるシリウスは池に向かって小石を投げた。
池の大イカは悠々と泳ぎ回っている。
風で前髪が軽く目に入った。それを怠そうに退けながらシリウスは木の根っこに座り直した。

「本気の恋愛、しないんだ?パッドフットは」

リーマスは本に視線を落としたまま言った。
したいわけでもしたくないわけでもない。ただシリウスの中で恋愛などただのゲームだった。
人生を恋愛で埋める気など毛頭ない。そういう人間は基本みんな“女子”だ。
と言ったらリリーに本気のジェームズを否定することになり兼ねない。
だが親友として、そして同士としてシリウスはジェームズを応援しているし認めている。
自分の中にある矛盾。ジェームズは別にいい。これは自分の生き方なのだから。

「レイブンクローのあの子とかどう?綺麗だと思うんだけど」

興味なさそうにリーマスはそう勧めた。

「つまらない女だったよ」

また小石を投げてシリウスはそう答えた。

「同じ寮の後輩は?あの子、君に興味あるみたいだよ」

「…俺はない。」

「スリザリンの」

「スリザリンなんてもってのほか。論外だろ」

わかりきったことを。グリフィンドールとスリザリンは犬猿の仲だ。
誰一人として近寄らないしお互いがお互いを嫌悪し睨み合っている。
そんなのはホグワーツ内では常識だし魔法界で知らない者はいない。

「それもそうだね」

呑気に、そして他人事のようにリーマスはそう言ってページを捲った。
話をフッておいて一体何だ。シリウスは眉間に皺を寄せた。

「大体恋愛なんてしなくてもいいだろ。無理にするもんじゃねえ」

「分かってないねぇ、我が盟友パッドフットくんは」

ジェームズは笑った。一体何が可笑しいんだか。
シリウスは機嫌が悪そうに石を先ほどよりも遠くへ投げ、鞄を拾い上げた。

「あれ?寮に帰っちゃうの?」

オドオドしたようにピーターはそう言った。
シリウスはぶっきらぼうに「ああ」と答え、城へと戻っていった。
その背中を見送り、ジェームズは頬杖をついた。

「僕たちはただ君に安定してほしいだけ、なんだけどなー」

*

今日に限って一体友人たちはどうしたのだろう。鬱陶しいことこの上ない。
むしゃくしゃしながら廊下を歩いていれば前から女子学生たちが歩いてきた。中心には髪の長い女が本を腕に抱え、楽しそうに会話をしている。
大して興味がそそられず、シリウスはそのまま視線を逸らした。
ああ、でもよく見たら笑う横顔が可愛い。そのまますれ違おうとした瞬間、頭上から歌う声が聞こえてきた。
ポルターガイストのピーブズだ。シリウスも女子学生たちも思わず立ち止まり、頭上を見上げた。
ピーブズは気持ちが悪い笑い声を上げながら爆弾のようなものを投げようと振りかぶった。悪戯仕掛け人であるシリウスはその爆弾の正体にすぐ気づいた。水爆弾だ。
女子学生たちは逃げた。友だちたちにぶつかった拍子で本が床に散らばる。
髪の長い女は散らばった本を素早く掻き集め、守るように本をキュッと抱き締めた。
キュッと閉じられる瞼にシリウスの目は釘付けだった。しかしそれも一瞬だ。
シリウスは反射的にその女の腕を掴み、水爆弾の脅威から守っていた。
足元が濡れる感触に顔を顰め、そのまま次の水爆弾から守るために彼女の腰に腕を回して彼女ごと体を反転させた。
冷たい水が頭にかかった。ピーブズは下品な笑いを上げている。それを睨みシリウスは声を上げた。

「ピーブズ!!血みどろ男爵を呼ぶぞ!」

ピーブズは一瞬、動揺したように目を見開くとゲラゲラと笑いながら逃げていってしまった。

「ったく…」

シリウスは悪態をつき女子学生を振り返った。ネクタイカラーを見ると自分が嫌悪を抱いている緑とシルバーカラー。助けなければよかった。
スリザリンであることを示すその色にシリウスは顔を顰めかけたがその前に女は真っ青な顔でポケットを探り、丁寧に畳まれたハンカチを取り出した。
それをシリウスの濡れた髪に押し当て丁寧に拭き取ろうとしてくれる。唐突なその行動にシリウスはその手を振り払うことを忘れて固まってしまった。

(何だ…この女…)

必死に拭ってくれるその女の顔をまじまじと見つめる。その顔は本当にスリザリンなのかと疑うほど優しさの滲んだ顔だった。
本を抱えたままの女の手首を掴んだ。女はようやくシリウスの顔を見つめる。静かに見つめ合った。
女はシリウスを見つめ、ハッと目を見張った。

「頬、怪我してる…!」

「あ?…ああ、大したこと」

冷たいハンカチを頬に押し当てられ、シリウスは思わず片目を瞑った。

「誰かに、殴られたの?」

女は無意識なのだろう。上目遣いでシリウスの瞳を覗き込み心配そうに眉根を下げた。
ドギマギしながらシリウスは答えようとするが言葉が何も浮かばない。
頭が真っ白でどう答えるべきか迷いが脳内に生じていた。

「…名前は?」

ようやく絞り出した言葉は質問に対する答えではなくて。自分でも戸惑っていた。
キョトンと見上げてくる女は戸惑いながらも「アリス」と短く答えた。

「アリス、か」

「あ、うん…頬、腫れてるから医務室でマダム・ポンフリーに見て頂いた方がいいと思う」

「ああ、でもこんなの本当に何でもない」

「ダメ」

力強い声。アリスは少し怒ったようにシリウスの腕を掴み戸惑うシリウスにハンカチを握らせた。
そのまま頬に当てさせられ「使っていいから」と背中を押される。

「ちゃんと行ってね」

仕方なく医務室の方向へ歩き始めた。なぜこんなスリザリンの女に従うのか自分でもよくわからない。
シリウスはもう一度見たくて彼女の方を振り返った。アリスは本を片腕で抱え直し、髪を耳に掛けていた。
こちらの視線に気づくとニッコリ微笑み片手を振ってくれる。シリウスは片手を上げてそれに応じ、医務室へと向かった。

「スリザリンの癖にお節介な女…」

言葉とは裏腹にシリウスの口許は少し緩んでいた。




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