ring! ring! ring!(かける勇気もなく)


少女は重たい頭を上げてぼんやりとした視界に顔を歪めて瞼を擦った。
半分ほどしか埋まっていない大学のレポートに視線を落とし溜息を落とす。
1枚も終わらせていないなんてこれでは飛び級できない。
与えられた課題は通常の4倍くらいあって通常の量さえも多いのに。
睡眠時間を削ってのレポートは精神的にも体力的にもキツかった。
それでも――

「ラクーンの悲劇は繰り返したくない」

強い眼光で前を見据えて彼女は自身に言い聞かせるように言った。
少女の瞼に焼きついて離れない悪夢――トラウマ。
焼け付く死体、腐敗臭、下水道の匂い、弾薬の匂い、そして安心させてくれる微かな男物の香水の香。
この身で感じた水の冷たさと灼熱の炎の暑さも全てが鮮明に思い出せる。
全て昨日起こったように感じられる。
痩せ細った自身の体を見下ろし、また溜息。
あれから食事が体を受け付けなかった。考えた末に食べているのは飴玉一つ。
シェリーがくれたストロベリーがお気に入りだ。甘酸っぱいストロベリーの飴玉が。
彼の切なそうな横顔を思い出し、少女は唇を歪めて苦笑した。
彼のトラウマ、あたしのトラウマ。
会えばきっと嫌でもお互いにそれを思い出す。会えばきっと誰よりもお互いをよく理解できる。
敢えてトラウマに自分の身を置くことに決めた少女は強くなる必要があるとわかっていた。
知識は勉強すれば幾らでも手に入る。体力や銃の取り扱いだって訓練でどうにかなる。
それでも強さは簡単には手に入らない。
ラクーンのときは友人を守ろうとした癖に覚悟が足りなくて死なせてしまった。
レオンとクレアに頼りっぱなしだった。
ラクーンでの事件は自分のトラウマであり、同時に過ちでもあるのだ。
忘れてはならない。覚悟を決めなければならない。
死んだ友人の分も明日を生き、銃を手にし戦わなければいけない。
ペンを置いてチラリとテーブルの上の携帯へ視線をやる。

「交換……したんだよね」

一応、お互いの電話番号とアドレスは知っている。
誕生日プレゼントという名目で交換した。我ながら馬鹿げてる行動だ。
それでもなぜか素直に言えなくてそう言ってしまったのだ。
携帯へ手を伸ばし番号を出してみる。何度かけようとしたことか。
それでも色々怖くて、踏み出せなくてかけることが出来ずにいた。
携帯を手に自宅の固定電話に手をかける。震える指先で番号を押して耳元に押し当てた。
何度かコール音が鳴る。
心のどこかで出て欲しいと願う自分と出ないで欲しいと願う自分がいた。
ガチャリとした音と共に風の音がした。ヒューヒューと受話器から風の音が聞こえる。
どこかのビルの屋上にいるのだろうか。

『Hello?』

懐かしい彼の声に涙が出そうになる。
ドキドキと落ち着かない心臓を撫でて口を開こうとした瞬間――

『レオン?誰からよ?』

聞こえてきた女性の声に反射的に思わず受話器を下ろして通話を切った。
無言電話だと勘違いされたかもしれない。実際に無言電話だったが。
セクシーな女性の声にキュッと胸が痛む。

「そっか…彼女くらい、いるよね」

*

「レオン?誰からよ?」

やってきた女性はそう言って妖艶に笑った。
その瞬間慌てたように切られる電話。
それに軽く驚きながらレオンは携帯を耳から離しポケットに捩じ込んだ。

「さあな。恐らく無言電話だ」

恐らく無言電話ではない。何となくレオンはそう感じた。
何気なく履歴から番号を出してアドレス帳に登録しておいた。
思い出すのはラクーンで共に脱出した彼女。
そんなはずない。それでもそう思いたいのはきっと――

「せっかくのデートよ、早く行きましょうよ」

デートね。レオンは苦笑した。

「俺は君の恋人になったつもりはないんだが」

凍りつく女の表情を見てレオンはさらに続けた。

「すまない、俺が好きなのは黒髪の女性だけなんだ。それじゃあな」

踵を返して中へと入る。
元々、あの女は好みではない。
忘れるために気分転換のために女のお誘いに乗っただけだ。
少々、自分らしくないことをしたかもしれない。やはり忘れてはならないのだ。
ポケットの上から自身の携帯に触れ、首を振った。
今はまだかけるときではない。

〜完〜




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