上司と部下でバレンタイン

【バイオ】
〜上司と部下でバレンタイン〜
上司と部下ヒロインとピアーズとスティーブ

艶やかな黒髪から甘い香りがした。香水とは違う。
絶対に香水はつけない人だ。係長はそういうのを好まない人間だ。
人工的な香りが嫌いと言っていたことをピアーズは少なくとも覚えている。

「チョコ、レートの香り?」

独り言のような呟きが係長に届いてしまったらしい。
係長は眉根を顰め、腰に手を当て首をクイッと傾げた。彼女の動きに合わせて黒髪が動く。
ふわりとまた甘い香り。

「ピアーズ、私語厳禁」

「いやだって係長から甘い香りがしたので」

「え!?係長、香水!!?」

一際大きな反応をし、部下の身であるのにも関わらず彼女に近づく腹が据わったこの男は本当にいつもすごい。
係長は案の定、眉間に皺を寄せ「ち・か・い」と警告するように区切って言った。

「ちょっとスティーブ。何度言ったらわかるの?いちいち近いのよ」

「えー係長が美人過ぎるのがいけないんだぜ?」

一つウィンクしてみせるこの男は紛れもない自分と同じ軍人であり、同じ部隊の隊員だ。
係長は顔を少し歪め「公私混同は」と口を開いた。

「はいはい、“許しません”だろ?」

肩を竦めスティーブはやれやれと首を振って彼女から離れた。
ホッと息をつくピアーズに気づいたスティーブは彼女に気づかれないようにニヤリと笑ってみせた。
裏ましい…いや恨めしいヤツめ。
ピアーズは無言でスティーブを睨み、係長に向かって「すみません」と謝っておいた。
キョトンとこちらへ視線を向ける係長は首を傾げた。

「ピアーズ…?なぜ謝るの?」

「…俺が仕事中にも関わらず喋ったので」

係長はクスクスと笑った。
そして弟を可愛がるようにピアーズの頭を撫でた。

「ピアーズは本当に良い子ね」

「ピアーズは係長の忠犬だよな」

「スティーブ」声色に怒りを込めればスティーブは茶化すように片目を瞑ってみせた。
まるで本当のことだろ、とでもいうように。確かにそうかもしれない。
だがピアーズはそれを認めたくなかった。

「スティーブ、後でクリス隊長に貴方のこと報告しておくわね」

「え」

顔を青ざめさせるスティーブに向かって係長はクスリと笑い「冗談よ」と言って何かをスティーブに向かって投げた。
反射的にそれを受け取ったスティーブは手中に収まったそれを見て首を傾げた。彼の手には小包がある。

「チョコよ」

「チョコ?」

「ああ…アメリカは確か男性が女性に花を贈るのだっけ?日本は女性が好きな男性にチョコを贈るのよ」

「ということは係長は俺のこと好きに――」

「馬鹿なことは言わないで」

呆れたような表情で係長はバッサリと切った。
だが話の流れだとそういうことになる。

「それは義理チョコよ、義理チョコ」

「義理?」

「ええ、仕方ないからあげるということよ」

「成る程、係長はツンデレってヤツなのか!」

「……勝手にそう思っておきなさい」

彼女は溜め息を零しながら諦めたようにそう言った。
そして微笑を浮かべてもう一つ包をピアーズに差し出した。

「はい、ピアーズ」

「…!ありがとう、係長。…すみません」

ピアーズは迷いを捨てて行動に移ることにした。
キョトンとする彼女に近づき、頬に軽いキスを落とし「happy Valentine」と続けた。
後に平手打ちが飛んできたのは言うまでもない。
そして彼女に恋人ができ、その恋人から花をもらうことになるのはその後の物語である。

〜完〜



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