形にならないけものたち

「いいねえ…」

低い掠れた声で男はそう言った。
ギシリ、とベッドが軋む。目の前の男を睨み上げれば乱暴に顔を触れられた。
何なんだ、この男。
いつものフレンドリーさが感じられない、歪んだ笑みを浮かべる吉本に得体の知れない恐怖が背中を駆け巡った。
ゾワリと背中が粟立つ。男の暗い目。その目には何が映っているのだろう。
いいねえ、とまた呟く吉本に陽葵は眉宇を寄せ「何が」と質問を投げた。吉本は短く笑うと顔の距離を縮めた。

「君のその目だよ」

「目?」

吉本は双眸を細めてからからと笑った。

「そう、目。俺の目を全く逸らさない、殺意に満ちたその目、好きだなぁ…俺と同じだ」

「私はあなたとは違いますよ」

すかさず言い返してやる。冗談じゃない。
自分は彼とは違う。嫌悪や殺意を押し隠し生きている。

「いいや、同じだ」

「……っ」

「で?」

「…何が?」

怪訝に眉を寄せ、見上げれば吉本は明るい調子で続けた。

「だ〜か〜らぁ」

何が可笑しいんだか弾むような明るい声。
耳障りな声の調子。ふざけたような顔。それらが突然変わり無表情になった。
ぞっとするような低い声で吉本は陽葵の耳元で囁いた。

「君は誰を殺したいんだ?」

「っ…先生には関係ない」

「君が殺したい相手は誰か…俺は知ってるよ?」

動揺を隠しきれず吉本を見上げれば吉本は不気味に哂った。
狂ったようにくっくっと体を小刻みに震わせながら。
吉本が狂っているのは今に始まったことではない。来たときからわかっていた。
それでも毎回思わずにはいられない、不気味だって。

「君が俺のゲームに勝ったら俺が君の憎む相手を殺してあげる」

悪魔が囁く。甘美な言葉だった。
自分の手を汚さずに殺せる。

「…本当に?」

「ああ、本当だよ」

吉本の目を見上げて戦慄した。
ああ…同じだ。自分と同じだ。この男も自分の中の殺意という怪物と闘っている。
殺意の篭った暗い双眸を見上げ、陽葵は暗い部屋の中笑った。

「その話には…わたし、乗らない」

「いいねえ!」

てっきりお得意の会話術で騙して話に乗るところまで誘導すると思ったが違ったようだ。
見解は外れた。だとしたらこの男は何がしたいんだ。
戸惑いを見せればこの男はそこに付け込んで話を有利に進めてしまう。陽葵はグッと堪えて笑顔を保った。

「殺すならわたしは自分で殺す。先生の力は借りません」

「お〜予想外の答えに先生びっくりしちゃったよー」

芝居がかった調子で驚く吉本の胸元を押して起き上がろうとするがビクともしない。
吉本は陽葵を組み敷いたまま冷笑を浮かべた。

「まだ話は終わってないぞ〜陽葵“ちゃん”」

「わたしはないです、だから退いて」

早くこの男から離れないとおかしくなってしまいそうだ。

「俺はあるんだよ。そんな反抗的な態度、とっちゃっていいのかなあ?」

頬を撫でられ、ゾクリと背中が粟立つ。
抵抗を続けるように胸元を押し続ける。

「交渉ならっ…、しない」

「いいや君は交渉に応じるんだよ」

「何でそんなこと」

吉本は陽葵の手首を掴み上げるとニッコリと笑った。
吉本の笑顔は全て不気味に感じる。ダメだ、この男の思い通りになるなんて。
大きな掌が顔に添えられグイっと吉本の方へ無理矢理向けさせられる。

「陽葵は俺と同じだって最初に言っただろ?」

「っ違う」

「だから君は俺に惹かれる、どうしようもなく同じだ・か・ら」

「だったら…!」

声を荒げる陽葵を吉本は見下ろした。
すぐ傍に呼吸を感じる。無意識に陽葵は呼吸を止めていた。

「だったら…先生はどうなんですか?先生と同じわたしをっ…」

唇に押し当てられる指先を見、彼を見上げれば吉本は低い声で言った。

「聞くまでもないだろ、もっと壊すよ?」

荒々しい口付けをされ、陽葵は抵抗せずに吉本の服を掴んだ。




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