ラズベリーシガレット


「…後は任せた。少し吸ってくる」

「ええ、行ってらっしゃい」

ジルが返事したのを確認し、クリスはオフィスを後にした。
チカチカと辺りを照らす蛍光灯が疲れた目を刺激した。思わず顔を顰め、米神の辺りを押さえる。
久しぶりにハードなデスクワークをした気がする。
書類など得意でないクリスは仕事をどんどん貯めてしまい、結果ジルに助けられながら残業中だ。
人は当然ながらそれぞれの職務を終わらせ、とっくに帰宅している。
中庭へ出れば冷たい風が全身を冷やす。
目の前には絶景とはいえないがまあまあ綺麗なネオン街が視界いっぱいに飛び込んでくる。
そこにスーツの女が立っていた。
こちらに背を向け、じっとオイルライターの小さな炎を見つめている。
ゆらりと揺れる炎をただぼんやりと見つめているように見えた。

「お疲れ様」

クリスは背中へ向かってそう投げた。女の顔が上がり、こちらへと振り返る。
見知った顔にクリスは知らず知らず入れていた体の力を抜いた。

「陽葵か」

「クリス?なんでまだいるの?」

「“いつものこと”だ」

そう言えば分かってくれたのか彼女はクスリと笑って小さく肩を竦めた。

「ジルが可哀想ね」

「仕方ない」

カチリと陽葵はライターの火を消し去り、ジャケットにしまいこんだ。
その間にもクリスは箱から一本取り出して口に咥えていた。ポケットを再び探り、ライターを取り出す。
煙草に灯を点し、それを吸った後に吐き出した。一口目の煙草というのは旨い。
いつもながらの感覚に双眸を細め、しばらく味わう。

「クリス、一本頂戴」

片手を出され、クリスは分かりやすく顔を顰めた。彼女は非喫煙者だ。
かといって陽葵が言ういつもながらの冗談でも遊びでもない。
純粋な子どもみたいな興味かと思い、彼女の双眸を伺うが読めない。
真っ直ぐ視線を向けられ、クリスはたじろいだ。

「oh…come on Chris.Just give me that」
[もう…くれればいいのよ、クリス]

「Okay…but I don't recommend」
[はあ…わかったよ。オススメできるものじゃないけどな]

仕方なさそうにポケットを探れば丁度切れていた。
空になった箱をグシャリと握り潰し肩を竦めてみせれば彼女は「ツイてないわね」と舌打ちをした。
溜息をついて頭を掻き毟る陽葵にクリスは質問を投げた。

「…何かあったのか?」

「いいえ…ないわ。でもあるでしょ?大人になっても寂しいときくらい」

こちらへ視線を投げ、微笑んでみせる彼女にクリスは眉根を下げて笑った。何とか彼女を元気づけたい。
笑いながら景色へ再度視線を向ける夜景に照らされた陽葵の横顔を見つめながらクリスは考えた。気の利いた話題は浮かばない。
部下であるピアーズなら気の利いた話の一つや二つ浮かぶだろうが生憎不器用なクリスは視線を動かしながら考えるのに精一杯だった。

「あ」

「クリス…?」

怪訝そうにこちらへ視線をやる彼女にクリスはニヤッと唇の端を上げて笑い自身の唇にトントンと触れた。

「口紅変えた、か?」

「よくわかったわね、クリス。ジルでさえ気付かなかったのよ」

「馴染むように似合ってるからじゃないか?」

驚いたようにこちらを見上げられる。
すんなりとそう言ってしまった自分に自分でも驚いているがここで焦ってはカッコがつかない。
片目を瞑って見せ、クリスはフェンスに寄りかかり煙草を口に咥えた。
吐き出せば白い煙が闇に浮かぶ街へと溶けるように消えていく。再び口に咥え、双眸を細める。

「クリス」

「ん?」

彼女の方へ顔を向ければ口から煙草が奪われ、反論しようとした唇は奪われた。
ベリーの甘酸っぱい香りと湿った柔らかい感触の唇にくらっとクリスの理性が揺らぐ。
唇を舐められ、クリスは仕方ないなと一度目を閉じ、開いて口づけに応えた。
口付けながら煙草を奪い、器用に灰皿へと落とす。
そのまま陽葵の腰周りを撫で片手で抱え上げた。
自分の首に腕が回され、クリスはもう片方の空いた手を陽葵の後頭部へと回す。

「ん…っふ…クリ、ス」

艶っぽい彼女の声が耳朶を刺激する。
濃厚な口付けの後にクリスは名残惜しそうに一度唇を離し、短いキスを落とす。

「寂しさ…とれたか?」

「…煙草の味がしたわ」

質問の問いとは違う答えに眉を顰め、すぐにフッと笑った。

「吸ってたからな」

「煙草は合わないみたい」

「そうか」

「でも貴方とは相性が良さそう」

「…Do you want to try again?」
[試してみるか…?]

「Just for you…and I can't be satisfied with only a kiss」
[ええ、貴方になら…でもキスだけじゃ満足できないわ]

ふふ、と悪戯っぽく笑う陽葵にクリスは笑みを返して息をついた。

「明日、遅刻するとジルに伝えないとな」

まだ夜は長そうだ。



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