ヘッドホン恋歌


「〜♪」

鼻歌を歌いながら陽葵は機嫌良さそうにベランダにいた。
耳から垂れる白いコードとそれに繋がれた手元の端末。音楽を聴いているのだとすぐにわかる。
ピアーズは時計に視線を落としてから彼女の背後に近づいた。
まだ作戦会議まで時間がある。それまで新米である彼女と話をしておこう。
純真な視線がサッと近づくピアーズを捉えた。
そしてすぐに慌てたようにイヤホンを両耳から取り去り、真っ直ぐ立って敬礼される。

「ぴぴぴ、ピアーズさんっ!!!失礼しました!」

視線から熱い憧れや敬意を感じ、ピアーズは思わず笑みを零しながら敬礼を返した。

「いいんだ。まだ作戦会議には時間がある。ゆっくりしててくれ」

今回は任務のために遠い異国を訪れている。
話によるとまだ入隊したばかりである陽葵は遠征任務は初めてとのこと。
自分の憧れているクリスはそれなりに評価している。自分も視察したことがあるがなかなか腕前に才能が見られた。
まだまだであることは確かだがコンピューター操作に長け、狙撃手である彼女は貴重な戦力となるだろう。

「あ、あ、ありがとうございますっ!」

ただ彼女の残念なところは上の立場の人に極度な緊張を抱くことだ。
特にクリスが目の前にいるときは誰がどう見ても緊張しているのだと分かるくらい体を固くさせ声も大きくなる。
ピアーズの時もまた然り。
クリスが緊張ゲージマックスと考えるとピアーズはその6割7割といったところだろうか。

「もうちょっと力を抜いたらどうだ」

「力、ですか?」

「ああ、そうだよ。力を抜くことも大切だ。戦地ではそうもいかないけど」

そう言ってピアーズはベランダに寄りかかった。異国の地にいるせいか景色がまたアメリカと違う。
辺り一面に広がる海は透き通っていて空も青々としている。眩しそうに目を細めてピアーズは空を見上げた。
そんな彼に倣って隣りでは陽葵もベランダに寄りかかった。
絡まったイヤホンをぎこちなく解きながら陽葵は黙り込んだ。手元へチラッと視線をやるとやはり緊張のせいかなかなか解けてない。
悪戦苦闘している陽葵を見て笑い、ピアーズは手を差し出した。

「陽葵、ほら」

「え、あ…何です?」

「貸してみろって。解いてやるから」

「いえ!ピアーズさんの手を煩わせるなんて自分には――」

「貸せ。これは命令だ」

命令と言ってしまえば彼女はそうせざるを得ない。
渋々といったように彼女は端末ごとイヤホンをピアーズに手渡した。
それを受け取り、絡まったコードを丁寧に解いてやる。何だ、簡単に解けるじゃないか。
何とかして緊張を解けないだろうか。

「相当、緊張してるんだな。簡単に解けたけど」

クックッと笑うと陽葵は恥ずかしそうに差し出された端末とイヤホンを受け取った。
初々しい彼女は新米といった感じでやはり可愛らしい。
他の新米隊員も可愛らしいが特に陽葵の初々しさは可愛い。

「隊長も気に入るわけだ」

「隊長…?」

「何でもない、気にするな」

クリスがするようにピアーズは陽葵の頭へと手を伸ばしてクシャリと撫でてやる。
見上げてくる恥ずかしそうな双眸に微笑を浮かべた。

「ところで何を聴いてたんだ?」

「え、あ…そのえっと」

曲名を口にするのも恥ずかしいらしく彼女は黙って端末を操作してズイっとピアーズの目の前に掲げた。
ただ近すぎて見えない。体を少し傾け端末を受け取りピアーズは改めて画面を見た。
“Hummingbird heartbeat”と表示された曲。

「Katy Perry…?陽葵は恋でもしてるのか?」

「そ、そそそそれは…!」

図星、か。ピアーズはまた笑った。
分かりやすい上に極度の緊張症。とても軍人には向かない。

「同じ部隊か?」

スッとわかりやすく目を逸らす陽葵が面白い。
苛めてやりたくなったピアーズはさらに“尋問”を続けにかかった。
彼女のイヤホンを弄りながら口角を上げる。

「そうなんだな。それじゃあ、同じ新米か?」

ピアーズはイヤホンを片耳にねじ込んだ。
聴こえてくるポップな可愛い如何にも女の子の曲。彼女は明らかに動揺していた。
しかしその動揺はピアーズのいった“新米”というワードではなく“同じ部隊”というワードからきているものだと推測される。
答えは近いということだ。

「さ、さあ…どうでしょう」

「じゃあ、陽葵より上の階級か」

「……!!」

わかり易すぎる反応に堪えきれずピアーズはクックッと笑った。
陽葵へチラリと視線をやれば両目を固く瞑りベランダに置いた両手を握りしめていた。
あまり苛めすぎると隊長に怒られそうだ。

「悪かったよ。アンタの同僚には伝えないから安心しろ」

「からかい過ぎです…!」

「だから悪かったって」

「それにピアーズさん鈍い…」

「何だ…それってどういう」

「ピアーズ、陽葵ここにいたか。作戦会議が始まるぞ」

クリスが呆れ顔でテラスに入ってきた。
陽葵は慌てて敬礼をし、遅れてピアーズも敬礼する。
クリスは軽く敬礼を返し腕を組んだ。

「たた隊長…!申し訳ありません!」

「ピアーズ、お前も遅れてどうするんだ」

「すみません、クリス」

「全く……さっさと来いよ」

そう言って去っていくクリスを見届け、陽葵はピアーズに向き直った。
ピアーズからイヤホンを奪い取り「こういう意味です!」と半ば投げやりに吐き捨てると背伸びをした。
頬の柔らかい感触にキスされたのだとすぐに気づいた。
呆然と陽葵を見下ろしていると何も言わないピアーズに気まずくなったのか

「別に気持ちに応えてほしいとかそんなこと想ってなくて!ただ片想いでいさせてください!それではお先に会議失礼します!!」

と早口で捲し立て恥ずかしそうに去っていった。
頬を押え、ピアーズは口角を緩く上げた。

「やばい…可愛い過ぎだろ」

掌で顔を覆い、上空を仰ぐ。

「片想いでいさせてください、ねー…」

視線を元に戻し、片方の口端を吊り上げる。
なるなら“両想い”。
望んでないわけでもないだろ、陽葵。
心の中でそう続け、ピアーズは軽く首を傾け笑い後を追った。



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