合衆国のエージェントさんとの関係

陽葵はメモに書かれた番号に視線を落とした。そして携帯端末を取り出し、登録する。
登録名は彼の本名フルネーム。“Leon Scott Kennedy”と。
自身の頬が緩むのを感じ陽葵はすぐにパシンと自身の頬を叩いた。
なぜ喜ぶようにニヤけるのだ。有り得ない。彼に対してそのような感情はないはずだ。
陽葵はそのままワンコールし、携帯をしまった。
これで向こうにも番号が伝わっただろう。すぐに電話がかかってきた。
緊張した面持ちで、表示される“Leon Scott Kennedy”の文字を見つめ、震える指で応答ボタンを軽く押した。
それを片耳に押し当て「Hello?」と応答する。
受話器の向こうから息を呑むような音が聞こえ穏やかな低い声が漏れ出てきた。

『もしかして…』

「はい、私です。陽葵です。貴方を担当した看護師の」

声が微かに震えた。
それが彼に届いていないか心配だった。

『嬉しいよ、本当にかけてくれるなんて』

彼の笑顔が頭に浮かぶようだった。
すぐにそれを頭から打ち消し陽葵は「とりあえず番号は教えたので」と通話終了ボタンを押そうとするとすぐにそれを止めるような慌てた声が聞こえてきた。
離しかけた携帯を再度、耳に押し当て「はい?」と返す。

『いや…電話でこうして話すのが新鮮でな。まだ話してたいと思ったんだ』

ダメか、そう続けた彼の声音は不安そうだった。とにかく陽葵にはそう聞こえた。
クスリと笑みを零し「いいえ、私で良ければ」と思わず気づいたときにはそう言っていた。
動揺を隠すようにそのまま彼の言葉を待つ。

『そうか…良かった』

今度はふわりと笑う彼の微笑みが浮かぶ。
それをまた素早く打ち消して陽葵は首を振った。自分が可笑しい。様子が変だ。

「は…はい。何だか緊張します」

素直にそう言えた自分に驚きを感じる。患者と看護師から始まった関係。
それが今変わったのだ。電話で話す知り合いのような関係に。
それでもこうして話せるようになったのは彼の猛アタックがきっかけだ。
陽葵はそのことに少々不安を覚えた。他に女がいるのではないか、と。
だから何だ。自分には関係ない。
陽葵は馬鹿みたいと自分の心の中で呟き自嘲じみた笑みを浮かべた。

『今度よかったらまたどこか別の場所で会わない、か…?』

恐る恐る言うような調子。
芝居なのではないか。また不安に襲われる。ただ遊んでいるだけなのではないか。
様々な感情と疑心に囚われ、わけがわからない。
そうだとしても陽葵はなぜか彼に会いたいと思った。

「はい、いいですよ」

『よかった。またスケジュールが分かったら連絡するよ』

「うん…待っています」

『それじゃあ、またな陽葵』

ツーツーという通話終了を報せる無機質な音。
陽葵は深く息をついて座り込んだ。

「何であんなに鬱陶しいと思ってた癖にあたし会おうとしてるんだろ…」

はは、と笑いを零し「馬鹿なあたし」と自分を悪く言ってみる。
そして「疲れたぁ」と思わず言葉を零す。
たかが電話でかなりの神経を使った気がする。
なぜ緊張したのか、その正体に気づくことはまだできなかった。



×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -