平行線な関係3


ドォン!霧立った空を眩い赤い閃光が照らした。

誰かが騎士団メンバーに気づかれたようだ。となると殺すのは容易ではないだろう。
相手も腕の立つ人ばかりだ。気は抜けない。
しっかりと杖を握り、防御呪文で赤い閃光を蹴散らす。相手の方向がこれでわかった。
レギュラスはすかさず赤い閃光がやってきた方向へ杖を振った。セブルス・スネイプが作った呪文を頭の中で唱える。
切り裂く音と悲鳴が聞こえる。よし、獲物は自身を守りきれず傷ついたようだ。
レギュラスはそちらへ向かって杖を構えたまま足を進めた。倒れている男には見覚えがある。

「これはこれは…兄さん」

自分でも驚くほど冷たくて低い声が発せられた。
自分の兄――シリウス・ブラックは負傷した肩を抑えてこちらを睨んできた。
仮面を外し、冷笑を浮かべてみせる。

「…レギュラス、噂は本当だったんだな」

鼻で笑い自分を軽蔑するような声。軽蔑する資格なんてコイツにはない。
コイツは一族の、そして純血の名家ブラック家の裏切り者なのだから。
一瞬で死んでしまうのは面白くない。
レギュラスは冷たい目で自分の兄を見下ろし、杖を掲げた。

「セクタムセンプラ!」

その瞬間スッと影が横切り、視界が黒に覆われた。
後ろへ蹌踉めき、何の呪文だと身構えるが続けて視界に入った赤を見て目を見張る。

「――ダメ!」

裂かれる音と短い悲鳴が上がる。
シリウスは自分を庇った女を抱きとめ、「陽葵!」と吠えるように叫んだ。

「陽葵…?」

その名前に聞き覚えがあった。先ほど学生時代を振り返っている時に頭の中に浮かんだ名前だ。
動揺しているレギュラスにシリウスは掴みかかろうとしたが彼女に止められる。

「なぜ止めるんだ?そこを退くんだ!今すぐに!」

「困ってる仲間がいます!シリウスはその人たちと合流して加勢するべきです!すぐに!」

喘ぐように苦しそうに陽葵は言った。

「コイツは死喰い人だ!」

「その前に貴方の弟でしょう…!」

「は…兄弟なんて俺には関係ないね!こんな弟知ら――」

「――シリウス!いいから行って…!お願い、です!」

二人の怒鳴り合いはレギュラスは黙って見ているしかなかった。杖は下ろされたままで杖腕は動こうとしない。
驚くほどに彼女が騎士団のメンバーということにショックを受けていた。
そして使命のために彼女をこれから殺さなければいけない。

「お願いです…私、血の繋がった兄弟が傷つけあうのは見たくない…」

「でもお前が」

「私はレギュラスに殺されない」

シリウスもレギュラスも静かに目を見張った。
すぐにシリウスの顔が歪む。

「馬鹿言うな…!コイツはな、穢れた血が大嫌いなんだよ…!毛嫌いしてる!平気で殺すヤツなんだ!」

その通りですよ、とレギュラスは心の中で呟いた。
本当にシリウスの言う通りだ。嫌いだ。いなくなればいいとさえ思っている。
しかし平気で他人を傷つけてなどいない。それでも言い返すのは無意味だ。
レギュラスは静かに瞼を下ろした。

「お願い、信じて。レギュラスを信じてあげて」

穢れた血のくせに何を言っているのだ。レギュラスは心底彼女に呆れた。
それでも心のどこかで生じる冷たい氷を溶かす温かい何か。
その感情にレギュラスは戸惑った。

「…っ…絶対生きて帰ってこいよ」

「はい、だから…他の人たちを助けてください…」

レギュラスを睨みつけ、シリウスは走り去っていった。
途中、バチッという『姿現し』の音が聞こえた。本当に去っていってしまったのだ。
ゆっくりと彼女が振り返る。頬には自身の血が少し付いていた。
それでも表情は穏やかで微笑さえ湛えていた。

「陽葵…」

「私…知ってた。図書館に貴方が来てたこと」

レギュラスは静かに目を見張った。
そしてスッと細める。
ああ…そうだ。
自分は毎日通っていただけではないか。

*

今日もいた。
レギュラスは本棚の影に身を潜めて息をついた。
図書館の奥の方。陽光が程よく当たるそのテーブルに彼女はいつも座って静かに本を読んでいた。
レギュラスは毎日そこへ足を運んでいた。
声をかけるわけでもなく、ただ本を読みながらこっそり彼女を見るだけ。
サラリと顔にかかる髪を時折、ゆっくりと片耳にかける。そんな些細な仕草や本に向ける優しい眼差し。
全てが鮮明に瞼に焼きついている。
目が合いそうになると自然な動作で本棚に隠れて手に持った本に視線を落とす。
その度に彼女の口元が緩んでいることにレギュラスは気づいていた。

――そう、陽葵はレギュラスの存在に気づいていたのだ。

そして自分が死喰い人となるためにホグワーツを卒業しないまま出ようと決めた日に――

彼女はいつも通り本を読んでいた。ただいつもと違ったのは顔が俯き気味だったこと。
雨のせいだろうか。
レギュラスは窓を叩く雨に眉宇を寄せた。最後の日なのに。唇を歪めて苦笑を滲ませる。

「最後の日、か…」

呟き、そしていつもの本を引っ張り出すとパサリと羊皮紙の紙片が落ちた。
怪訝に思いながらそれを拾い上げる。丁寧に折られたそれを広げて視線を落とす。

死なないでね、さようなら

驚いて視線を上げても彼女は本へ視線を落としたままだった。
よく見れば目が文字を追ってない。彼女はちっとも顔を上げて目を合わせようとしなかった。
レギュラスはそっと控えめに微笑を唇に乗せ、その場を去った。
そうだ。これが純血の名家と穢れた血の関係なのだ。

*

「どこまでもお人好しな人だ…」

「ふふ…」

呆れた調子で言えば傷で苦しいはずなのに陽葵は笑ってみせた。
手当をしようと杖を動かすが彼女は止めた。

「勘違いしないでください、僕は」

「うん、知ってる。治そうとしてるんだよね…でもいいの」

「何を言ってる?馬鹿なんですか、死にますよ」

「これくらいで死なないよ」

「死にます」

崩れそうになる陽葵の体をレギュラスはすかさず支えた。
それを見た彼女は困ったように笑う。

「何やってるの…穢れた血が染み付いちゃうわよ…」

困ったようにまた小さく笑う。
そんな陽葵の表情だけで酷く満足した。

「いいんだ、陽葵。僕はもう…汚れてますから」

「まだ…引き返せるよ」

陽葵はやんわりと微笑んだ。レギュラスは首を横に振った。
もう遅いのだ。この感情の正体に気づけたとしても。
それでも少し強くなったのはきっと――

「先に…いったか」

目を閉じてぐったりとした陽葵に視線をやり短く笑った。
そのまままだ体温の残った彼女を地面にそっと寝かせた。
手を組ませ、髪を整えてやる。

「僕は簡単なことに気づけなかった」

それでもそのことに気づけたとしてもきっと幸せな未来なんてなかった。
待っていなかった。どうしようもなく闇へと沈んでしまうのだ。

「せめて…手向けに」

そっとまだ濡れた唇に口付けた。
そして離れる。

「さようなら、陽葵。次こそは…きちんと愛し合えるといいですね」

レギュラスは地面に転がった仮面を拾い上げてつけた。
もう一度だけ彼女の骸を振り返り、フードを被ってレギュラスはバチッと音を立てて深い霧の中消えていった。



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