平行線な関係1

「寄るな、穢れた血」

彼女に向けた言葉は魔法界では侮辱の言葉。
マグル生まれの彼女をスリザリン生たちが嫌うのは当たり前だった。
さらに彼女は温厚な平和を好むハッフルパフともなれば尚更、スリザリン生たちの苛めの対象であった。
しかし彼女は言葉の意味が分かっていないのか、辱める言葉だと分かっていないのか、ただただ真っ直ぐこちらを見つめてくるだけだった。
静かな双眸に訳がわからなくなる。
他のスリザリン生たちは何の反応も示さない彼女に飽きたのかさっさと寮へ戻って行ってしまった。
彼女に対して興味など元からない。しかしレギュラスは佇む彼女へ視線を向けた。
静かに見つめ返してくる双眸に眉を寄せ、「知らないのか」と言葉を投げる。
なぜ興味のない“穢れた血”に声を掛けたのか。
自分でも分からない。今すぐこの場を離れないといけない。彼女は穢れた血だ。
しかし意志とは反してレギュラスの足は一歩も動かなかった。

「何を、です?」

首を傾げ、彼女は困ったように小首を傾げる。
サラリと黒髪が動き、それだけで自分の心に戸惑いが生じる。
表情を動かさずにレギュラスは先ほどスリザリン生たちが言った「“穢れた血”」を繰り返すように一言投げた。
すると彼女は「勿論知ってますよ」と頷きながら言った。驚いたことに彼女はその言葉の意味を知っていたのだ。
レギュラスはその言葉を投げても怒らない彼女に僅かながら驚いた。

「知ってるのに怒らない、のですか?」

「怒る…?私がなぜ怒らないといけないのですか?」

キョトンとした顔でそう返され、レギュラスは微かに顔を歪めた。扱いづらい。こんなこと初めてだ。
黙り込むレギュラスの顔を見つめ、彼女は何を思ったのか口を開いて不思議そうに続けた。

「皆、怒るの?」

先ほどからお互いに質問ばかりだ。質問を質問で返す。
レギュラスはまた質問で返すことにした。

「貴方は怒らないのですか?」

「私は怒らないといけないの?」

堂々巡りだ。これでは埓が明かない。
レギュラスは彼女のペースに早くも持って行かれそうになっていた。マグル相手に自分がこんなにペースを乱されるとは。

「怒っても無駄だと思うから私は何を言われても平気」

「え?」

「さっきの答え」

クスリと笑みを零し彼女は片方の横髪を耳にかけた。

「それよりも穢れた血の私と話していることを知られたら危ないんじゃないの?スリザリンの生徒さんは」

去るチャンスができた。それでもレギュラスの足は動かない。
彼女から作ってくれたチャンスに乗っても良かったが何だか敗北感を感じるのだ。負け続けたままで去るのは癪だった。

「いいえ、気遣いはいりません。僕は去りたいときに去りますから」

今思えばこれは自分の下らないプライドだった。

「それもそうね」

彼女と話していると気が楽になるようだった。何よりも頭を使わなくてもいい相手だった。
彼女が馬鹿だからではない。ただ余計な気回しが通じないだけだ。
だから計算した会話では余計に混乱が生じる。
今度は大丈夫だ。こちらから仕掛けると向こうは自然に跳ね返してしまう。こちらも自然体で返せばいいのだ。
そこまで考え、レギュラスは再び分からなくなった。自分の自然とは一体何だろう、と。

「何で黙るの?」

「っ…」不意を突かれ言葉に詰まったがレギュラスはすぐに返した。

「話題が思い浮かばないもので」

「それじゃあ、自己紹介でもする?」

「自己紹介?」

なぜそんなことする必要があるのか。自分は名乗らなくても周りから知られた存在だ。
思えばホグワーツに入学してから一度も自己紹介などしなかった気がする。
言わずとも自分がブラック家の次男で取り入ろうと何人ものスリザリン生たちが寄って来たから。
他の寮との交流もゼロに近いとはいえ、やはりあのシリウス・ブラックの弟だからと有名だ。
あの男の弟というだけで吐き気がするが。

「うん、だって私知らないから」

「は?」

思わずそんな声が出てしまった。この女は自分のことを知らないというのか。
ホグワーツにいる者は大体自分が何者なのか知っているというのに。知らなくても組み分けの段階で目立ったはずだが。

「私は陽葵。貴方は?」

そんなレギュラスの動揺を知らないとでも言うように彼女は勝手に自分の名を名乗った。
ここで名乗らずに去るのがベストだ。しかしなぜかレギュラスの口は自身の名前を名乗っていた。

「レギュラス。レギュラス・ブラックです」

ブラックといえば、ピンとくるだろう。
しかし予想に反して陽葵は「レギュラス。うん、覚えた」なんて言っている。
ペースを乱され続け、早くも疲労感が押し寄せてきた。さっさと切り捨てればいいもののなかなかそれが出来ないでいた。

「好きな教科は?私は魔法薬」

「特にありません」

特になかった。夢や目標だって何一つない。
ただ従順にブラック家の跡取りとして良い成績を取れればいいのだ。教科などただ評価を気にして勉強しているだけだ。
無意味な教科は選択せずにただ重要科目だけを選択してそれを全て“優”にする。

「勿体ない。好きにならないと勉強って覚えられないよ?」

彼女の言っている意味がわからなかった。
勉強などただ学生のうちに良い成績をとり、安定した就職先が決まり無事に卒業さえ出来ればいいのだ。
好きになる必要などない。無意味だ。

「好きでもないどうでもいいなんて思ってると覚えにくいんだよ、勉強は。…なんてただの私の意見だしレギュラスは好きにすればいいけどね」

「…面白い意見ですね」

「恋愛もそう。勉強と同じで興味から始まって気づかずにその人のことを好きになって
気づいたら頭はその人でいっぱいになるの」

「恋愛…」

自分とは無縁の話だった。結婚でさえ、親が決めた相手とすることになっている。
勿論、ブラック家と釣り合うような純血の家柄に決まっているが。

「レギュラスはしないの?」

「恋愛なんて僕にとっては無意味ですから」

「うーん、そうかな。私はする価値あると思う。強くなれると信じてる。守りたいものがあると強くなれるものだよ」

そこは哲学の分野だ。自分とは無縁のかけ離れた分野。
どれだけ説明されても理解できないし、理解しようとも思わない。

「それは兄さんの得意分野ですよ」

皮肉っぽく呟くように言えば陽葵は不思議そうな表情でこちらを見つめた。
兄のことは聞かないでほしい。そう心の中で願った。

「兄弟と比べる必要ってあるのかな。自分が不得意と言えばいい話だと思うけれど」

ああ、まただ。予想に反してばかりだ。彼女の言っている言葉は。
今度の言葉は確かに自分の心に届いた。
周りから比べられることを恐れて嫌気が差していたが他でもない自分が比べていたのではないか。
そう気づけただけでも彼女との会話は無駄ではないとわかる。それでも認めたくなかった。
“穢れた血”との会話が自分よりも価値あるものだと。

「そうだ。これも言っておくね。私が怒るのは大切な人を傷つけられたとき、それだけ。じゃあね」

彼女は一方的にそれを告げるとローブの裾を翻して静かに廊下を歩いて行った。
背中を見送りながらレギュラスは冷淡に呟いた。

「青臭い正論では何も変わらない。弱いままだ」



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