合衆国のエージェントさんはしつこい

「陽葵さん、寂しそうな顔をしてるねぇ」

いつも会話をしているお爺さんにそう言われ、陽葵は笑顔を作り「そんなことないですよ?」と返した。
同室で会話をしていた同業者とお婆さんがにんまりと笑うのが視界の端に見えた。

「別の患者さんに呼ばれたので私は失礼しますね」

ニッコリと微笑んで陽葵は病室を後にする。
ナースステーションの自分の椅子に座り、ため息をついた。
手で顔を覆いながら、お爺さんに言われた言葉を脳の中で反芻する。
寂しい?そんなはずない。
逆に陽葵は清々していた。
あの大物公務員のレオン・ケネディが退院してからというものストレスも減ったし、楽になった。
退院したときはメアドや番号を聞かれたり(丁重にお断りした)抱きつかれたりしたが寂しいだなんて絶対的に有り得ない。
それでもこの胸に渦巻く気持ちの悪いモノは何だろう。

「陽葵、病院の受付で誰かが呼んでいるみたいよ」

「何かしら?」

「さあね?内線が来ているから」

はぐらかすように口元を吊り上げる同業者に怪訝な視線を送るが電話を指し示されるだけだ。
応答ボタンを押して「はい、お電話代わりました…」と名前を続けようと口を開いたが
受話器から聞こえてきた低い声に思考が停止した。
思わず受話器を置いて切ってしまった。そしてスッと自然な流れで立ち上がる。

「…行ってくるわ」

ニヤニヤとする同業者たちを睨み、カツカツと病棟を出て受付へと向かった。
案の定、受付レディーと話をしている男の姿。

「レオンさん、貴方が退院してから彼女寂しそうなんですよ?それも患者さんから指摘されるほどに」

陽葵は無言で後輩である受付の彼女をファイルで叩いた。

「あ、痛…先輩酷いですよ〜」

「デタラメ言わないで」

「えー本当のことじゃないですか」

後輩を無言で睨めば、彼女は肩を竦め、口を閉ざした。
そのまま男――レオンを見上げれば、ガバリと突然抱きしめられる。
フリーズしていれば、「会いたかったよ」なんて甘い声で囁かれた。
周囲の視線が刺さり、ようやく陽葵はレオンから数歩離れた。
彼はもちろん、ニッコリと笑っている。
素晴らしい微笑みだ。周囲が色めいている。

「…もう退院したのに一体何の用ですか」

周りを気にして声を押し殺してそう言えばレオンは肩を竦めて肩に腕を組んできた。

「もちろん、君に会いにきたんだ」

「からかわないで下さい」

すっぱりそう返せば、寂しそうな顔。ぐ、良心が傷つくのはなぜだ。
陽葵は離れようとしたが力が強い。
彼を見上げればもう立ち直っているのかレオンは再び輝かしいほどの笑みを浮かべて恒例の一言。

「付き合ってくれ」

「全力で遠慮します」

ニコリと笑みを浮かべて陽葵はそう返した。

「食事だけでも」

「嫌です」

「俺の奢りでいい」

「……結構です」

奢りというワードに釣られて一瞬、
yesと答えてしまいそうだった自分に呆れる。
落ち込むようにしゅん、とする彼を一瞬可愛いと思ってしまった自分は一体なんだ。
年上の男性を可愛いと形容するのはいささか違う気がする。
じゃあ一体、何だ。愛しい?いや、有り得ない。
陽葵は諦めの悪いレオンを見上げた。そして息を吐き出して口を開いた。

「…番号からなら」

そう言えば、落ち込みから立ち直ったようで顔を上げてポケットからメモ用紙を取り出すとペンで番号を書いて陽葵のポケットへ滑り込ませた。
微笑み「ディナーに誘えるときが来たらまた誘うよ」と耳元で囁いて颯爽と去っていった。

「しつこい人…」

そう呟いた陽葵の顔は緩んでいた。



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