合衆国のエージェントさんは諦めが悪い
――コンコン。
「レオンさん、失礼します」
陽葵はノックした後に、レオンの病室へと入った。
極力、関わりたくないが彼の担当看護師だから仕方ない。
朝に担当するのも憂鬱なのだが。
「おはようございます、朝ですよ」
シャッとカーテンを勢いよく開ければ、レオンは眠たげに目を開け、陽葵がいることに気づくと半身を起こした。
「おはよう、陽葵」
「はい、熱計りますね」
陽葵は職業柄、笑みを浮かべて体温計をレオンに手渡した。
彼が体温計を脇に挟んだことを確認し、失礼します、と彼の左手首を掴み、脈を計る。
腕時計できっちり30秒計ることも忘れない。
心拍数を彼のカルテに書き込み、体温計が鳴るのを待つ。
この時間が陽葵は苦手だった。
「陽葵」
「はい?」
片手に持つペンでボードを軽く叩きながら時間が経過するのを待っているとレオンが笑みを浮かべながら名前を呼んだ。
早く体温計鳴ってほしい。
「好きだ」
「…どうもです」
愛想笑いを返し、陽葵はすぐに視線を逸らした。
病室内の秒針が動く音が遅く感じる。
「どうすれば好きになってくれるんだ?」
知らない。そんなこと知るか。
陽葵はそう返してやりたかったが笑みを浮かべたまま「さあ?」とはぐらかした。
考え込むように寄せられる眉。
――ピピ。
体温計が鳴り、レオンはそれを取り出した。
それを受け取ろうと腕を伸ばしたがレオンに捕まれてしまった。
「ちょ…レオンさん。離して頂けませんか」
体温計を渡して欲しいです、と言えばレオンはそのまま陽葵の腕を引っ張り、自身の膝の上に乗せた。
そのまま後ろから抱きすくめられ、身動きできない。
というより、職務妨害ではないだろうか。
陽葵は困惑した顔でレオンから離れようともがいた。
「レオ、ンさん…!離して下さいよ」
「陽葵、良い匂いするな」
すぐ近くで、スンスンと嗅ぐ音が聞こえ、陽葵は顔を赤らめた。
身を捩らせ、抜け出そうと奮闘する。
「レオンさん、聞いてます?離して下さいって!それに体温計…!」
「体温計を渡してしまえば、ここから出て行ってしまうだろ?」
「体温、計った後には朝食があって、着替えと点滴があります。そのときにまた来ますから…!」
だから離して、と続けるとレオンは呆気なく腰に回した腕の拘束を解いてくれた。
自分の言葉に了承したのだろう。或いは諦めたか。
勝手に自己完結し陽葵は体温計を受け取るためにレオンへ振り返った。
「……!!?」
唇に柔らかな違和感。
キスをしていると気付いたのは、数秒後で。
――ガラガラ
「陽葵?何やってんの…ええええ!?」
口付けたまま、扉へ視線をやると同じ白衣を着た同業者。
陽葵と同じ看護師。
その看護師は笑みを浮かべると「後の仕事は任せて!ごゆっくり〜」と扉を閉めて去って行ってしまった。
唇が離れ、レオンはフッと笑みを浮かべる。
「仕事なくなったな」
「最低ですっ!!」
平手打ちをしようと振り上げた手は彼に捕らわれてしまう。
さすがは政府のエージェントというべきか。
陽葵はキッとレオンを睨んだ。
そんな表情になっても愛おしげに見つめる彼の神経を疑う。
「そう怒るな」
「怒りたくなります!」
「でもそんな陽葵も好きだ」
陽葵はレオンのベッドに腰掛けたまま、言い返す気力を失いガックリと項垂れた。