漆黒
あの人の色を表すなら黒か赤だ。
それでもあたしは思う――
あの人は完全なる黒なのだと。
*
「人間なんてクズ」
陽葵はそう言い放ち、冷たい視線で無様な姿の人の形をしたものを見下ろした。
グリグリと踏みつける。その感触がブーツ越しに感じる。
抉るような、トマトを潰すときの感覚とよく似ている。
ソイツは悲鳴を上げた。うるさい悲鳴だ。
それでも心地よく感じた。新しく手に入った力でこうして人を見下ろすのは愉快だ。
「そうでしょ?ウェスカー?」
踏みつけながら陽葵はスッと視線を傍にいる男へと向けた。
ウェスカーのサングラスの向こうに赤みがかった黄金色の双眸が細められるのを見て、陽葵は同じように彼を見据えた。
ウェスカーは短く鼻で笑うとこちらへと近づいた。
「その通りだ、陽葵…さあ、最後の一人を殺せ。お前を最も酷く馬鹿にした女だ」
陽葵は怒りに燃え上がった瞳でキッと最後に残った怯える女に目を向けた。
ガタガタと震え上がり、瞳は恐怖で見開いている。
その女の覚える滑稽な様子に陽葵は口元を吊り上げた。
笑い声が口から漏れ出す。
ついには声を上げて笑い出した。
自分が憎む相手に恐怖を与えるのは気持ちの良いものだ。
ナイフで急所を何度もわざと外し、その度に女は苦痛に満ちた悲鳴を上げる。
ついに何度も刺していくうちに女はぐったりと動かなくなった。
呆気なく死んだ。
くるり、と陽葵はウェスカーの方へ体を向けて笑みを浮かべた。
「ねえ、これであたし黒になったかな?」
ウェスカーは人差し指で陽葵の頬についた血を拭い、舐め上げた。
そのまま彼女の耳で囁く。
「ああ、お前は黒だ」
ニコリと笑う彼女に向かってウェスカーは口元を吊り上げる。
*
陽葵、お前は完全な黒ではない。
黒は何色にも染まらない――
だがお前は染まった。
俺という色に侵食され、染まったのだ。
哀れな女だ…