されど私は追われる身

辺りは暗い。真っ暗だ。目を閉じているのだから当然。ケイカは目を閉じたまま、慎重に辺りの様子を探った。
自分は一体いつの間に気を失ったのか。大統領の護衛の為に夜会に出席し、テロリストたちの襲撃を受けた。
そして厳重で完璧な警備だったハズなのに隙を突かれ、護衛に失敗し大統領を死なせてしまった。昔からお世話になった大統領の死に胸が痛む。
しかし悲しんでいる暇はなかった。自分が大統領暗殺の嫌疑にかけられ、追われる身となってしまえばそうなるだろう。
抵抗なく捕まり、尋問を大人しく受ければ良い話だがケイカには出来なかった。罪の疑いを晴らすチャンスなのかもしれないが疑いを晴らすなんてきっとできない。
それは限りなく0%に近い。ケイカはそう踏んでいた。大統領を暗殺したのは政府の上にいる人間に違いない。
きっと潔白を証明出来たとしても握り潰され、犯人に仕立て上げられるだろう。その上に立つ人物は軍備に通じた人物。
クリスとピアーズがいたからすぐにそれはわかった。彼らを動かせる人物はあまりいない。となると…いや、今は現在の状況を探り動くべきだ。
ケイカは目を閉じたまま、手足を微かに動かしてみた。自由だ。拘束はされていない。
周りに人のいる気配もない。耳を澄ましてみたが話し声も聞こえない。
薄らと目を開けてみる。真っ白な天井。手で感触に触れてみる。シーツ。体は沈んでいる。ああ…ベッドか。何日ぶりだろう。
ガチャリ。ドアの開く音にケイカはサッと目を閉じ、表情筋と体の力を適度に抜いた。近づいてくる気配。靴音の響き具合とリズムで推測する。
男だ。若い男。呼吸が耳に入ってきた。戦うことに長けた人物だろう。相手に緊張感も警戒心もない。
顔を覗き込んできた男の胸ぐらを素早く掴み、ベッドに叩きつけた。

「っ…ってぇ!おい、何するんだ!」

坊主頭の男に見覚えがあった。ああ、そうだ。彼はシェリーと共にいた男だ。
すぐに拘束を解き、「ごめんなさい」と手櫛で髪を整える。

「ったく助けたのに」

「だからごめんなさい」

ベッドに腰をかけた。どうやら彼は敵ではない。腕を何気なく動かし、ケイカは痛みに顔を引き攣らせた。

「いっ…」

男から呆れたような視線を投げられ、「何よ」と彼を見遣り返す。洋風な屋敷だった。
しかしこんな立派な屋敷は一体誰が所有しているのだろうか。
赤い絨毯が淡い光に照らされている。それは揺れていた。光の正体を辿り、目を細める。
炎というのは落ち着くものだ。心を休め、体を温めてくれる。自分の家にはないそれにケイカは近づいた。

「腕の手当て、し直しにきた」

背後から聞こえてきた声に「平気、自分で出来るわ」と返す。

「その怪我どこでしたんだよ。それ火傷っぽく見えるぜ」

暗い緑色のジャケットを落とし、腕を見遣る。既に包帯が巻かれていた。
処置を施してくれたらしい。

「事故よ」

相手に敵意がないことがわかるとケイカはほんの少し警戒を解いた。
完全に信用したわけではないが。
男は道具を持って近づき、ベッドに腰掛けた。男と同じように腰を下ろせば男はジロジロとこちらを見つめる。
男は悪くない顔立ちをしている。嫌いではない。

「何」

「いや、アンタ大統領殺しで指名手配されてるけどそんな悪い顔に見えないから」

「私のこと、知ってるのね」

「そりゃあな」

男は肩を竦め、腕の処置を始めた。
解かれる包帯。その下にある肌が冷たい空気に触れると焼けるように痛みが増した。
あまりの痛みに思わず近くにいる男の腕を掴めば男の動きが慎重になった。探るようにこちらを再び見つめられる。

「痛むか?」

「ううん、大したことない。続けて」

包帯が解かれ、消毒液を染み込ませた綿が傷口に当てられる。
声を上げそうになり、唇を噛み締めて押さえ込んだ。ジクジクと脈拍に合わせて傷口が痛むようだった。

「シェリーがアンタのこと信用してるから俺はアンタを置いてやってるんだ」

「ここ、貴方の家?」

「ああ、そうだ。クソッタレ親父の家」

新しい包帯が巻かれ、身体から力を抜く。

「貴方の名前、まだ聞いてなかったわね」

「ジェイク、ミューラー」

「オーケー、ジェイクね」

「アンタの名前は?」

ケイカはジェイクをまじまじと見つめた。

「聞く必要ある?知ってるんじゃないの」

「こういうのは自分から名乗るもんだろ。アンタの口から直接聞きたいだけだ」

「…ケイカ・イチミヤ。言っておくけど大統領を殺したのは私じゃない」

ジェイクから視線を外し、ケイカは暖炉の炎を見つめた。

「どうだか」

「疑ってるのね」

「少し。シェリーが信じると言ってる。俺はシェリーを信じてるだけだ。アンタはシェリーの元上司何だろ?」

「…ええ、そうよ。私のことは信じてくれなくても構わないわ。でもシェリーのことは…何があっても信じてあげて」

ジェイクは肩を竦めた。

「言われなくても」

このとき初めてケイカは笑みを浮かべた。
部屋の中にあったひと時の緊張感が緩む。

「ところで…そのシェリーは?」

「ああ、この屋敷内にはいない。職場で上の連中につまらない報告をしてる」

「そう」

素っ気なく返すケイカにジェイクは片眉を吊り上げた。

「詳しく聞きたくないのか」

「だって他人の任務ですもの。聞かない方が身の為よ。きちんとしたこういう職業でも殺し合いはあるもの」

ジェイクは軽く笑った。

「アンタって冗談下手くそなんだな」

「今のどこがジョークに聞こえるのよ」

「恐ろしいことをサラリと言うんだな。興味ないのか、アンタのことだぞ」

「ええ、まったく」

きっぱりとそう返せばジェイクは鼻を鳴らした。この男は一体自分にどんな人間性を求めているのだろう。
暇だしこの男の話に付き合って現状を探ってみるのも手かもしれない。

「ねえ、ところで」

ケイカは口を開いた。
ジェイクがこちらへと視線をやる。

「あ?」

「どこ」

「だからここは」

「私の装備、どこ」





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