to the nightmare
「アリス」
名前を呼ばれ、そっと目を開けた。
また寝てしまっていたようだ。シートベルトを外しながら、頭を覚醒させる。
荷物を纏めながらふと視線を上げるとミラー越しに彼と目が合った。
「着いた」
「ええ、そうみたいね」
辺りは真っ暗で足場がよく見えない。慎重に車から降りる。
「気を付けて」
足元を照らされ、笑みを深めた。
「ありがとう」
「手はいるか」
じゃあ、とジョンに差し出された手に掴まる。
「スニーカーで来て良かった」
「シャーロックといると走ることが多いし、それに彼は」
「足が長くてとてもじゃないけど追いつけない」
続けようとしていた言葉を言えば、ジョンは肩を竦め、そうだね、と答えた。
「でも」
歩きながらアリスは一度言葉を切る。
この辺りは本当に足場が悪い。斜め先を行くジョンがこちらをチラチラと気にする。
先頭を行くのはヘンリー。その次をシャーロック。最後尾にはジョンとアリス。
「自分の世界に入ってるとき以外は私たちに少しだけ歩幅合わせてくれてる」
アリスは小声でそう言った。ジョンは気づいていなかったのか暗闇の中、意外そうな顔をした。
その間にも奥へ奥へと入っていく。こんな不気味な場所に誰が近づくというのか。
すると突然、ジョンは足を止めた。ぶつかりかけたがどうにか直前で止まることができた。
「ジョン…?」
しっ、と視線で制され、アリスは口を閉ざした。
どうしたの、と戸惑うように視線を返せば、ジョンは訝しげな顔をしてどこか違う方向へ顔を向けた。
シャーロックとヘンリーは先に行ってしまった。闇雲に行けば誤って地雷原に足を踏み入れて即死だし、迷い続けることになるだろう。
「音がしたんだ」
確かに草を掻き分けるような微かな音がしたが小動物か何かだろう。
「ジョン」
あなたが聞いたのは何かの動物が通る音よ、そう続けようとして再び口を閉ざす。
ジョンは探るように辺りを懐中電灯で照らし、捜索し始めた。
肩を落とし、ジョンと名前を呼ぶと彼は突然興奮した様子でアリスの名前を呼んだ。
「どうしたの?」
「ほら!あそこ!」
「うん?」
ジョンが指差す方向を目を細めて見ると光が点滅しているのが見えた。
「光?」
「きっと暗号に違いない」
ジョンは懐から急いでメモとペンを取り出した。
呟きながらペンを走らせる。U,M,Q,R,A…。
「U M Q R A…うむくら?」
「暗号にしては短すぎるような…」
「シャーロックに聞いてみよう」
「先に行っちゃったわ」
「僕らも行こう」
頷き、ジョンの後に続く。
「ねえ」
小枝の折れる音を聞きながらアリスはジョンへ視線を遣った。
「なあに」
「シャーロックと君って……その」
言いにくそうだ。でも言いたいことはわかる。
苦笑いを浮かべ、アリスは首を横に振った。
「いいえ、ちがう」
「でも君は好きだろう?」
「ええ、もちろん」
そうでなければここまでついて行かない。
「なら」
「ジョン、私は求めてないわ。友人として好き。尤も彼が私を友人として見ているのかわからないけど。だからこの話はおしまい。事件に集中しましょ」
「君がそう言うなら。ああ…見失っちゃった。いったい彼はどこに行っちゃったんだ」
近くに気配がない。懐中電灯で辺りを照らしながらヘンリーとシャーロックを探す。
無言で捜索しているとどこからか遠吠えが聞こえてきた。
互いに顔を見合わせる。今の自分の顔はきっと恐怖に引き攣っているに違いない。
「今のは?」
「ええ、聞こえたわ。まさか例のハウンド?」
ジョンに手首を引かれ、小走りで先へ進む。
ドキドキと鼓動の音が聞こえそうだ。落ち着くために走りながら息を吸い込む。
シャーロックとヘンリーがこちらへとやって来た。
「今の聞いた?」
ジョンがシャーロックへと問いかけると代わりにヘンリーが口を開いた。
「見ましたよ!僕たち!」
「いいや。僕は見てない」
シャーロックの後を追いながらジョンと顔を合わせる。彼の異変に小首を傾げた。
「え?それはどういうことです?」
ヘンリーが戸惑うように声を上げた。
「僕は…見て、いない」
動揺が見て取れる。ヘンリーは呆然としているようだった。