coat


目を覚ますとそこはいつも見る天井と違った。
息を吸い込むと自分とは別の洗剤の匂い。
そうだ。
自分は確かベーカー街のシャーロック・ホームズという奇妙な男とドクターであるジョン・ワトソンの家で眠りに落ちてしまったのだ。
抗えない眠気に負けて。
しかしその眠気に対してアリスは不信感を拭えなかった。
どこかおかしいのだ。
覚醒し始めた頭を回して状況整理を終える。
辺りが暗いことに気付き、体の半身を起こすと何かが膝にずれ落ちた。
誰かのコート。
長い丈からしてシャーロック・ホームズという男の方だろう。
部屋に視線を走らせるとシャーロックは手を組んで宙を見据えていた。
起きたアリスに気づかないほど考え事に没頭しているらしい。
或いは気づいて見てみぬふりをしているのかもしれないが。
ジョンは肘掛け椅子に沈んで目を閉じていた。
開きかけの口を見て眠っているのだと分かった。
そろそろ帰らねばならない。
どこに――?家はきっと立ち入りが禁止されているだろう。
取り敢えず家へ戻ってみて無理そうだったらホテルでも探してそこへ泊まればいい。
アリスはコートを畳み、ソファーから立ち上がった。
そこでようやくシャーロックの視線が動き、アリスを捉えた。

「どこへ行く?」

「家」

簡潔にそう答え、アリスはシャーロックへコートを差し出した。
一向に受け取る気配のない彼にアリスは眉根を吊り上げた。

「受け取ら」

ないの?と続けようとして遮られた。

「外は寒い。着て行け」

てっきり引き止めると思ったが杞憂に過ぎなかったようだ。
ここは有難く着て行った方が賢明だろう。
夜中の町は冷える。
アリスは小さくお礼を言って羽織った。

「明日の午後取りに行く」

「どうもありがとう」

それは遠まわしにまた会いに来るということだろうか。
靴音を立ててアリスは出口へ向かった。
ドアを開けると後ろから声が聞こえ、振り返る。

「何?」

「…いいや、何でもない」

不思議そうにアリスは首を傾げて後にした。
彼女が出て行くとシャーロックは口を開いた。

「ジョン、寝てるフリなんてやめたらどうだ?間抜けに見える」

返ってきたのは深いため息。
シャーロックが視線をやるとジョンは起き上がった。
腰に手を当てて、こちらへと大股で近寄ってくる。
呆れたような怒ったようなそんな表情を浮かべて。

「最後、彼女に何を言いかけた?腕がどうとか言っていたけど」

「…アリス・グレイの腕に古い傷痕があった」

「まさか…リストカット?」

シャーロックは指を組み、宙を見据えたまま「違う」と言った。

「あれは他人からつけられた傷だった」

「他人?防御創か何か?」

そこから何も答えないシャーロックにジョンは顔を顰め、傍のテーブルに寄り掛かった。
シャーロックが彼女の腕の傷に焦点を当てたということは今回の事件と何らかの関係があるのだろうか。
思っているよりとても複雑な事件か?
とはいえ未だに肝心のショーン・グレイの遺体の状態、使われた凶器など分かっていない今は何も考えようがない。
アリスだって捜査に協力してくれるかどうか分からない。

「面白い…」

「何だって?」

シャーロックに視線を動かせば、いつの間にか彼は口元を吊り上げていた。
彼の双眸が動き、困惑顔のジョンを捉える。

「面白いと言ったんだ」

また始まった、とジョンは呆れたように息をつきシャーロックから離れた。
明日から彼は行動を起こすだろう。
今まで通り、自分はシャーロックと行動するだけだ。





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