Beware the flavor
朝日が車内に差し込んできた。
丸まって眠り込んでいたアリスは薄目を開け、上体をほんの少し起こして景色を見た。大自然だ。ロンドンからかけ離れた風景に状況を思い出す。
広々とどこまでも草原が広がっている。木が申し訳ない程度に疎らにあった。
「やあ、起きたか」
助手席にいるジョンが起きたアリスに気づいて声を掛けてきた。
「うん、おはよう。遠いのね、お腹空いちゃった」
「ああ、僕もさ。キャンディーならあるけど」
「じゃあそれを頂こうかしら」
「何味?選んで」
袋ごと渡され、アリスは開けられた袋を覗き込んだ。色とりどりのフルーツキャンディー。
黄色はレモンだろうか。アリスは黄色を選んで袋をジョンへと返した。すぐに包みを破いて黄色い飴玉を口の中へと放り込んだ。
「うわ、失敗した」
「どうしたんだ?」
「レモンだと思ってたのにパインだったのよ」
ジョンはそれを聞いて声を上げて笑った。
顔を歪ませればバックミラー越しのシャーロックと目が合った。
「よく見てから決めることだな」
「…そうね、反省します」
ガリガリ苦い顔で噛み砕けば、鏡の中のシャーロックがほんの少し笑った気がした。
*
「んー…外最高」
アリスは長時間、車内で同じ姿勢を保っていた体を動かしたり伸ばしたりして解した。
新鮮な空気を吸い込めば、少し涼しい気分になれる。
ジョンは地図片手に現在地を確認していた。指を差し、「あっちにバスカヴィル」と示す。
「あれはグリンペン村」
大きな岩の上に立つシャーロックがジョンの指す方向を眺めている。
「つまりあれが――」
深い木々が密集した一帯を差してジョンは地図へ再び視線を落とす。
「デュワーズ窪地だ」
「あれは何だ?」
シャーロックが指差す場所。そこを辿っていくが平地ではよく見えない。
草原とゴツゴツした岩の中に目立つ建物。柵に囲まれた円形の厳つい建物があった。ジョンは双眼鏡を覗き込んだ。
「地雷原だな」
「地雷原?」
ジョンは首に掛けられた双眼鏡をアリスへと渡した。
それを覗き込む。ああ、本当だ。文字は見えない危険を示す骸骨の看板。よくわからないがジョンがそう言うのだから間違いないだろう。
「バスカヴィルは軍の基地だ。立ち入り禁止になってる」
「成る程」
「するとあの建物、一般人は中に入れないのね」
「ああ。難しいだろうね」
ジョンはそう言ってシャーロックを見上げた。
「車に戻ろう」
シャーロックは一通り眺めると岩から降りた。
車の中へと戻り、シートベルトをしっかりと締める。
「ねえ、ジョン。水ない?」
「水?」
「私のなくなっちゃって」
助手席から振り返ったジョンに空っぽのペットボトルを掲げてみせれば「ちょっと待って」と自分のカバンを探る背中。
それを待っていると運転席から手が伸び、ミネラルウォーターが投げられた。びっくりしたが反射的に受け取り、急な彼の行動に固まる。
ジョンはカバンを探っていた手を止めて、意味深に片眉を吊り上げ、シャーロックを一瞥した。
「いいからそれを飲め」
いつまでも飲まないアリスを焦れったく思ったのかシャーロックはそう言った。
「え、ええ。ありがとう」
キャップを捻り、アリスは首を傾げて、それから一口飲んだ。
寝て乾いていたのと、先ほど食べたキャンディーの味が残る口内にそれは有難いものだった。
一息ついて、キャップを閉めてシャーロックへ返した。代わりにジョンがそれを受け取る。
一見不機嫌そうに見えた彼だったが今一度、ミラーを盗み見れば、シャーロックの機嫌は至って普通で良好そうに見えた。
彼の思考はやはり読めない。いや、読めないというよりも彼が非凡で非常に読み取り辛かった。
一度、仕事で感情が全く見えない犯罪者と対面したが彼のそれはそれよりも遥かに上回っていて、パターンがないように思える。
アリスは息をついて景色を見遣った。考えても仕方ない。そんなの分かり切っていたことだ。