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ジッ…ジッジッ
蛍光灯が視界でチカチカする。部屋から出てきたアリスは無言で眉を顰めた。
壁に寄りかかるシャーロックは出てきたアリスをじっと見つめた。
何と言っていいのかわからない。ジョンは視線を一度落とし、そして再度彼女を見た。
アリスは震える唇を噛み締め、口を開いた。
「死因は…?」
視線は合わず、床に落としたまま。
髪がさらり、と彼女の顔を覆う。顔にかかった髪と影で表情は見えなかった。
「毒死だ」
シャーロックは彼女を見下ろし淡々と言った。
「他殺?」
彼女の問いに、いいや、とシャーロックは首を横に振る。
「自殺だ」
「…自殺の兆候なんて…なかったのに」
これには答えずシャーロックはスッと視線を逸らした。
ジョンは何と声を掛ければいいか分からなかった。
病室で話した彼女はこれから罪を償っていくつもりのように見えた。そんな彼女を待ち続けるとアリスは確かに言った。
双子の姉妹は愛しているが故にすれ違い、仲を取り戻した。そのはずだったのになぜ彼女――ティナ・ライスは自ら命を絶ったのだろう。
「私…ホテルの部屋へ先に戻ってるわ…ロンドンへ戻る日程が先延ばしになってごめんなさい、シャーロック、ジョン」
君は悪くない、そう言おうとした言葉はシャーロックによって制された。
片手を上げ、視線で止められ、ジョンは佇む。
アリスは俯いたままジョンとシャーロックの返事を聞かずにゆっくりとその場を去っていった。
ガチャン。やけに大きく響いた静かな廊下。
ジョンはシャーロックを見遣った。彼は口を閉ざしたまま、腕を組みどこか一点を見据えていた。
何を考えているんだ、シャーロック。
「ミス・ライスはどうして自ら命を?」
シャーロックは酷く疲れ切ったような顔をジョンへ向けた。
「姉を…アリスを守る為」
「訳がわからない」
「片割れが自害することによって組織を壊滅させたんだ」
「どういうことだ?」
「女王が死んだ場合、組織が持っている株は全部手放すことになっている。事実上、組織の経営は破綻、壊滅だ」
シャーロックはiPhoneの株価チャートを目の前に掲げた。
過去に見たことのない暴落に目を見張る。
株は無経験だし、よくわからないが素人のジョンでもわかった。英国経済が傾いている。
ジョンはアリスの去っていった方を一瞥しシャーロックへ戻した。
「これをアリスは?」
「…頭が良くなくても気づいてる」
あの様子だときっと彼女は気づいているだろう。
「ジョン、様子を見て来い」
「シャーロック…!君が見てくればいいじゃないか」
シャーロックは眉間に皺を寄せた。
「僕が?なぜ」
鈍感め。
「いい!わかった、僕が行ってくる」
*
ジョンの視線が遠ざかっていく。
怒った彼の様子を理解できない。彼は一体なぜ怒っているのか。
シャーロックは組んでいた腕を解き、宙を眺めた。ポケットの中から紙を引っ張り出しそれに視線を落とす。
“Mr.Holmes”から始まり“T.R”で括られたメッセージ。
『探偵さん。私はもう姉を守れません。きっとこんな形で全部守りきれないと思うのです。不躾だとは思います。でも貴方に任せたいのです。どうか私の願いを聞き入れてください。
貴方がどういう人間か分かっています。貴方にとって何の利益もないことは重々承知です。我侭で愚かな私の願いをどうかお願いします。』
シャーロックは溜息を落とし、その紙をポケットに入れ直した。
「馬鹿らしい…」
呟いてズキリ、と胸の奥が痛んだ。
驚いた、僕にもこんな感情があるとは。
皮肉めいた笑みを浮かべ、チカチカと点滅を繰り返す蛍光灯を見上げる。
人を守るだとか使命感とは無縁だった。いつだって自分のしたいように考え、動いてきた。
だからここで彼女を見放しても責任を問うものは誰もいまい。
というより関係ない。彼女は依頼人だ(というより美味しい事件にありつく為にシャーロック自身が仕立て上げた)。
「僕は何がしたい…」
気持ちの悪い感情で押し潰されそうだった。
異質が混じればそれに耐えられない。混じってしまえば自分ではなくなる。
そんな小さな恐怖と不安、そして違和感に戸惑う自分。
「僕もやはり人間ということか…」
口元を吊り上げ、自嘲気味に笑う。
どうすればいいのか自分でもわからないところまできていた。