finish the case quickly

唇に残った彼の温度。体から伝わる彼の体温。全部が全部まだ全身に残っている気がした。
違うということはもうわかっていた。それでも今はまだ目を覚ましたくない。
目を開けたら元通りの生活になってしまいそうで怖い。不安だった。
自身のゆったりとした心拍数が電子音で伝えられる。鼻と口許を覆うマスクで呼吸音が普段より大きく聞こえる。
目を閉じていても今の状況がわかった。

(…今私は病院にいるのね)

いつまでも目を閉じている訳にもいかないことはわかっている。
覚悟して目を開ければ天井とそれから傍らで眠っているジョン。疲れたのかパイプ椅子に座り上半身を揺らして眠っている。
アリスは邪魔なだけのマスクを外した。点滴は外さない方がいいだろう。
窓へ視線を遣り、目を細めて微笑した。真っ赤な夕陽が街へ沈んでいくようだ。
光が目に眩しい。カッと燃えるように目頭が熱くなり、それが頬を伝った。
シャーロックがいない。ジョンが安心したように眠っている。
これはもう事件の解決を暗示していることは明白だ。解決して良かったとは思う。
けれど何かが込み上げてどうしようもなく抑えることができない。
答えはわかっているはずなのにそれを声に出すことも考えることも避けたくて必死に情景を観察する。
それでも答えはハッキリとしてしまって。

「困ったわね…止まらないわ」

誤魔化すように笑ってみるが余計にそんな自分が痛々しくてどんどんと胸の痛みが増していく。
コンコンとノックされ、ハッと顔を上げた。その音にジョンは身動ぎする。
起きる気配に慌ててアリスは涙を拭い、「はい」と返事した。

「警察の者です」

起きたばかりのジョンと顔を見合わせる。
事件の詳細や証言はてっきりもう少し落ち着いてからだと思ったが警察はそう待ってくれないようだ。
ジョンは顔を顰め、「何で警察が」と少なからず狼狽している。

「どうぞ」

落ち着いた声でそう答える。室内へ入ってきた人物にアリスは驚いた。
ティナだ。彼女はアリスを目に入れると顔を歪めた。
ティナを挟んで逃げ出さないように二人の警察官、それにレストレード警部とリヴァプール所轄内の警部だろう男が立っていた。

「被害者としてお話を――」

「――ちょっと待ってください」

堪りかねたジョンが厳しげな顔で口を開いた。
溜息をついた刑事は「何でしょう」と仕方なさそうに言った。

「彼女はまだ今起きたばかりです」

気遣うようにジョンはアリスの肩に手を添えた。

「シャーロックから了承を得て我々はきたのだが」

戸惑うようにレストレード警部は言った。

「シャーロックが?とにかくお引き取りください。彼女は」

「終わった事件はさっさと片付ける。その方がいいだろう、ジョン」

戸口へ視線を遣るとシャーロックが腕を組んで立っていた。

「君、それ本気で言っているのか?」

「ああ、本気だ」

シャーロックはしっかり頷いて言った。彼としてはもうこの事件に興味などないのだろう。
早くベーカー街へ帰りたいに違いない。ならば彼のその“最後の望み”に応えるのが道理というものだろう。
アリスは真っ直ぐティナを見つめた。
彼女は相変わらず殺気のような怒気を含んだ瞳でこちらを見据えている。なぜそこまで自分に殺意を向けるのか。

「ねえ…ティナ」

「……」

声を掛けると室内がしーんと静まり返った。

「貴方は私と血が繋がってる…そうでしょう?」

ジョンは訳が分からず視線をアリスとティナの交互へ視線を遣った。
ティナは探るようにこちらを窺っている。ああ、自分の“推理”は間違っていないようだ。気にせず続ける。

「私たち…双子なのよね。私を殺さないと貴方が殺されちゃう。本当は組織のトップなんて関係ない、興味ない――」

「違う!」ティナは突然叫んだ。叫んだことでビクリとレストレード警部は体を震わせた。

「違う、違うわ…アリス貴方って本当に可哀想な人。おめでたいわね。私は組織のトップに立ちたくて貴方を殺そうとしてたの。見つけたときはとっても嬉しかったわ」

早口でそう捲し立てティナは哂った。狂気に満ちた笑みで。
ああ、ティナは嘘をついている。

「ティナ」

ピタリとティナは笑いを止めた。

「お願い。私の憶測でしかない推理を聞いてくれる?」

上手く笑えているかどうかわからない。
それでもアリスはティナに向かって微笑んだ。




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