Underwater kiss


は…、と息を吐き出す。
ジョンに手順をとてもわかりやすくメールで送信して伝えた。あとは彼の腕にかかっている。
ジワジワと足元を濡らす水に全神経の感覚が奪われそうだ。動悸を感じて胸の辺りを押さえる。
ドクンドクンと自分の鼓動の音が聞こえるようだった。視線を落とせば膝まで沈んだことが確認出来る。

「アリス」

「I'm okay…Sherlock」
[私は大丈夫よ]

「close to me」
[こっちこい]

彼の言う通りにし近づけばゆっくりと引き寄せられ抱き上げられた。
不安定に一瞬揺れた檻にフラつき、シャーロックは息を吐いてアリスを抱え直した。
驚いたように彼にしがみつけば「大丈夫」と言われる。
それだけで目頭が熱くなる。見えないように額を彼の胸元に押し付けた。

「that's not fair…only you feel cold」
[シャーロック…これだと貴方だけが寒いじゃない]

「yeah,I know」
[ああ、そうだな]

「let me down.I have a "fair" idea」
[いい考えがあるわ、下ろして。]

シャーロックは怪訝に眉を顰めた。
言われた通り下ろされ、再び足元に浸かる無数の針が刺さるような鋭い感覚が一気に体を冷やした。
グッとそれを表情に出さないようにして堪えて体をシャーロックに寄せた。
彼の腰に腕を回さずアリスは胸元のジャケットを掴む。

「いい考え…でしょう?」

表情を微動だにしないシャーロックを見上げる。

「僕は平気なのに」

眉を寄せて言う彼の言葉にアリスは首を横に振った。

「平気そうに見えない」

どんどん檻が水の中へ沈んでいく。
ジョンへ視線をやれば彼は真剣な様子で息を乱しながら開錠に全神経を傾けていた。
アリスの双眸に不安が灯る。彼を信用していないわけではない。
シャーロックの手が動き、アリスの腰の辺りに回された。
驚いて彼を見上げればそのまま抱き上げられ、彼よりも視線が高くなり見下ろすカタチになる。

「シャーロック…?」

「喘息は…大丈夫か?」

「ええ、今のところ来ないわ」

どんどん浸水が進む。
檻がプールに浸かってからその早さは増したようだった。遂には二人の肩まで達していた。
耐え切れずシャーロックが「ジョン!まだか?」と叫んでいた。
ガチガチに震える体にアリスは呼吸するのが精一杯だった。
叫ぶ元気も話す元気もない。ただシャーロックにしがみついて呼吸をするだけ。
体力も残っていない。

「アリス、鉄格子を掴め」

こくんと頷きアリスは鉄格子を掴んで上を向いた。酸素を少しでも長く取り入れるために。
気管に水が入って咳き込んだ。顔を歪ませ、空気を吸い込む。
心拍数が急激に上がっているのが感覚的にわかった。
いや、上がっているように錯覚しているだけなのかもしれない。
そう疑ってしまうほど神経が衰弱し、脳が麻痺しているのだ。

「シャーロック!アリス!」

ジョンがそう叫んだのが聞こえた。
もう呼吸ができない。アリスは鉄格子から手を離してシャーロックを見つめた。
彼はそれに気づきこちらを見つめ返す。

「ごめんな、さい…シャーロック…あたし…」

後の言葉は続かなかった。
自分は一体何を言おうとしたのか。それすらわからない。
アリスは水中へと体を沈め身を委ねた。
沈んでいく体、言葉を紡ごうとする唇から登っていくアブク。
歪んでぼんやりとした視界に人影が映し出された。
その人影はアリスの後頭部に手を回し、ゆっくりと顔を近づけた。
唇に柔らかい感触。これは自分の見る幻――?
唇から伝わる空気にアリスは幻ではないことに気づいた。
ガシャン、と重々しい音が耳に届く。
開錠されたのだろうか。ぼんやりとする思考で考える。
ああ――…上手く思考が回らない。
このまま沈んでいく意識に身を任せて眠ってしまいたい。

**

「随分と危なっかしいピッキングだな」

全身ずぶ濡れのシャーロックは不機嫌顔で震えながらそう言った。
タイル張りの床にアリスを寝かせ、手首を掴んで脈を測ろうとする。
すぐにシャーロックはジョンを見上げ、「君が測ってくれ」とぶっきらぼうに言った。
ジョンは言われた通りにアリスの手首を掴んで脈を見た。
しかし感じられず、ジョンは首筋に手を当てた。

「僕の今の感覚だと正確な判断ができそうにない…どうだ、ジョン」

「脈が弱い…このままだと心配だ」

「救急車は?」

「呼んだ。あとレストレードも」

「レストレードがわざわざここまで来るのか?ご苦労だな」

「何か温めるものはないのかな。アリスが冷えてしまう」

「もうとっくに冷えてるよ、ジョン」

シャーロックは不機嫌そうにまた言い重たそうなコートを脱いで絞り彼女の体にかけた。
相当彼は根に持っているようだ。ジョンは肩を竦め「すまなかった」と返す。
しかしピッキングに関してジョンは初心者だ。
初めてやったのしては上出来ではないか。ジョンは敢えて何も言い返さなかった。

「それで?……このあとは?」

どこか一点を見据えたままのシャーロックへジョンは次の行動を問うた。

「アリスが目覚めるまでの間にさっさと事件を終わらせよう」

シャーロックの目は爛々と輝いていた。
そしてその視線がアリスに落とされ、注がれる視線がほんの少しだけ寂しげだったように見えたのは見間違いではないだろう。





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