Betrayal


帽子を被り直したタクシーの運転手ならぬジム・モリアーティに連れられながらアリスは周りを観察した。
たくさん積み上げられたコンテナが視界を遮る。
微かに匂う石油と潮の匂い。海岸沿いにある石油工場か。しかし場所を特定したところで意味などない。
シャーロックがGPSで追いかけているだろうから。
アリスはコンテナとコンテナの間を悠々と通り抜けて進んで行くモリアーティの背中を見つめ、その先にローブのフードを被った人物がたくさんいることに気づいた。
あれがシャーロックの言っていた“花弁の鎮魂歌”という組織の人間たちか。
彼らはモリアーティの後ろに控えるアリスの姿を確認すると息を呑んだ。
一人の男がこちらへとやってきて「無礼をお許し下さい」と丁寧な口調で言うとアリスの腕に手錠を掛けた。
こうなることは予想済みだ。

「早くティナに会わせて。彼女を開放して。約束通り来たのよ」

「アリス・グレイ、こいつ等は正統派ではない。君を生贄に捧げようとしてる」

「貴方のことだから危険な方に引き渡すと思ったわ」

素っ気なくアリスはそう返した。別段、驚かなかった。
ただモリアーティならそうするであろうと予想していただけだ。
犯罪組織に入ることを強く勧めクイーンになるために穢そうとする正統派か、
命を彼らの信仰する神に差し出す生贄にさせようとしている狂信者派か。
どちらも危険だ。“穢す”というワードは大体どんなものか想像がつく。
彼は肩を竦めてアリスに「ご武運を」と丁寧に言って引き返していった。
後頭部に銃口を突きつけられ、アリスは彼らの言う通りに工場内へと入っていった。

**

「シャーロック、ダメだ。アリスの信号が途中で切れて行き先がわからない」

「組織が気づいたんだな。ジョン、そのまま真っ直ぐ」

「何だって?さっきアリスの信号は右に曲がって行ったのに?」

「運転を代わるか?」

「わかったよ」

ジョンは息をついて彼の言った通りそのまま車を直進させた。
法定速度は悠に超えている。
内心ヒヤヒヤしていた。先ほど法定速度スレスレで走っていたところ
シャーロックに遅いと言われてしまい仕方なく速度を上げたのだが…。チラッとシャーロックへ視線をやると彼は眉をひそめた。

「何だ、言いたいことがあるなら言え」

「オーケー…警察に捕まったらどうするつもり?」

「強行突破」

「僕がそんなことするとでも?」

「しないとアリスの命が危ない」

さすがだ。ジョンは息をついて運転に集中した。

**

通された部屋は外から見た錆びれた鉄ではなく豪華な造りをしていた。
絨毯は踏み出すたびにフカフカしていて体が全て沈んでしまいそうな錯覚になる。
客間のような部屋。古い時計がカチカチと音を立て本棚に並べられた本はどれも見覚えのないものばかりだ。
きっとこの組織の聖書なのだろう。手錠がぶつかり合う音が響く。
黒い革の椅子が背を向けている。
アリスは椅子に座る帽子を被った人影を怪訝に見つめた。
狂信者の宗派のボスだろうか。木の椅子に座らせられ、アリスは口を開いた。

「生贄にする前にティナが無事かどうか確かめさせて」

「私は無事だよ?アリス」

黒い革の椅子がキィイと音を立てて回る。
帽子が地面に投げ捨てられる。
アリスは静かに目を見張った。
人質となったはずの友人のティナ・ライスはブラウンの双眸を細めて口元を吊り上げた。
その様子はまさに悪魔で。
いつも彼女が人をいじるときの小悪魔ではなく愉しげな表情なのに双眸からは冷徹さが静かに滲み出ていた。

「どう?貴方の親友が貴方を殺そうとしてるこの状況は。楽しい?裏切られた気分はどうかな?」

「ティナ…」

彼女は本気でこの状況を楽しんでいるようだった。
冷たい双眸からそれは読み取れる。
アリスは不思議と絶望を感じなかった。
それはきっとシャーロックとジョンは自分にはついているという絶対的な信頼からくるのだろう。
いつの間に彼らがそんな存在になっていてアリス自身が一番驚いていた。

「貴方を殺せば、私がボスになれる。どう?面白いでしょ?」

「全然」

肩をすくめて即答でそう返せばティナは冷徹な眼差しでこちらへと近づき見下ろした。
懐からナイフを取り出すとグッとアリスの白い首筋に刃先を押し当てた。
今すぐにでも殺せるんだよ、とでも言うように。
ああ、彼女はそんな性格だったのか。自分の力を誇示するような。
もっと頭の良い性格だったと思っていたが自分の的外れな分析だったようだ。
ひりつく痛みと共に喉の辺りに生暖かいものが流れるのを感じた。

「可哀想なアリス。長身の探偵さんと軍医さんの到着を待っても無駄よ。
タクシー運転手にかく乱するようお願いしたんだから」

「ティナ、貴方はシャーロックの頭脳を見くびり過ぎよ…」

「多少、評価はしていた。でも彼がここの地理に詳しいはずがない。ロンドンだったら負けを認めてたかもね」

「それでも見くびり過ぎにもほどがあるわ。あと、敢えて言うなら自分の力を過信し過ぎね」

「その言葉、長身の探偵さんに言ってやりたいわ」

「彼はいいのよ。本物の天才だから」

冷徹な双眸をアリスは睨むように真っ直ぐ見据えた。
そうだ。彼は本物の天才。
そこらへんに転がった犯罪者は足元にも及ばない。

「アリス、君の方が頭良い。よく分析できてる」

聞こえてきた声にアリスは微笑んだ。

「シャーロック」

「助けにきた」

ティナは嘲笑うように同じく手錠で繋がれたシャーロックへ視線を遣った。
彼は銃口を突きつけられながら隣りの椅子へと座らされた。

「手錠をかけられた状態の人に助けにきたという言葉を聞いてアリス…貴方の気分を教えてほしいものだわ」

「とても最高よ」

シャーロックはアリスの言葉を聞いてニヤリと笑ってみせた。




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