Prayer


iPhoneに着信がきたのは、ほんの数分前だった。
ジョンが部屋を開けたときはドキリとしたが何とか寝ているフリを保った。
しかし後になってアリスはしまった、と後悔していた。
自分が寝るときは傍にある肘掛け椅子で寝るのに咄嗟にシャーロックのベッドに潜り込んでしまった。
ジョンがもしもそのことを彼に打ち明けたならきっとシャーロックは様子がおかしいことに勘づくに違いない。
彼は少ない情報から推理し特定することができる。
アリスは震えながら足を進めた。そしてiPhoneを耳に押し当てる。

「今、外に出たわ。次はどうすればいい?……分かったわ。タクシーを拾えばいいのね」

アリスは手を挙げてタクシーを停止させ、それに乗り込んだ。

*

「アリスが電話に出ながらタクシーに乗り込んだ」

ジョンは部屋の窓から下を覗きすぐにアリスを見つけることに成功した。
それを聞いたシャーロックは「組織が遂に動いた」と一言そう言い出かける準備を始めた。
ジョンもそれに倣って出かける準備を始める。

「だとしたらアリスは危険な目に?脅迫された?」

「そうらしい。僕のベッドの枕の下にメモがあった」

ヒラヒラとシャーロックはそれを掲げて部屋を出た。
慌ててジョンは彼を追いかける。
ドアを施錠し廊下を歩きながらジョンはシャーロックに問いかけた。

「メモには何だって?」

「スマートフォンサイトのパスワード。君のブログを読んだようだよ」

「ピンク色の研究…GPS機能か」

*

乗り込んだタクシーは行き先を伝えなくても自然と走り出した。
タクシーの運転手は組織の一員らしい。
アリスは無言でポケットの中のiPhoneを握り締めながら運転手を見つめていた。
友人のティナ・ライスの電話越しに聞こえた震えた声が耳朶に残っている。
組織の人はティナを誘拐しアリスを誘い出したのだ。
決してシャーロック・ホームズとジョン・ワトソンに知られるな、と警告を受けて。
しかしアリスはそれを無視してシャーロックの枕元にメッセージを残した。

「…姫君、どうかお怒りにならないで下さい」

「…別に怒ってないわ。それでどこへ行くの?私が行けばティナを開放してくれるんでしょう?」

「そうです、お約束致します」

「…約束を守らなかったら許さない」

ポケットの中のiPhoneが震える。
どうやらシャーロックは上手くメモを解読してくれたようだ。

「教えて。私はなぜ姫なの?」

「それは愚問というものでございます。クイーンとキングの間に生まれ――」

「質問の仕方が悪かったわ。なぜ私を殺そうとしたり、守ろうとしたりするの?」

「次期クイーン候補だからです」

「犯罪者組織の頂点に立て、と?」

双眸を細めて運転手を睨めば、運転手は二ヤッと口元を歪めた。
そして帽子を脱いだ。その人物は見たことが何度もある。

「モリアーティ…!」

「ハーイ、アリス・グレイ」

「どうしてここに!」

「僕はどの組織にも顔が利く…それを君は知っているだろ?だったら不思議じゃない」

「このまま組織のところに送ってどうする気?」

「GPS機能のことは黙っておくよ。新しいゲームのために死なれたら困るし」

「…」

やはり気づいていた。
アリスが知らない土地なだけに不安はどんどん大きくなっていった。
進んで行くのもどこか分からない場所。

「…組織には二つの宗派がある。そのどちらも呼び寄せておいた。クイーンとして生贄になるか、それとも穢されるか、楽しみだね」

アリスはゾッとした。しかしティナが助かればそれでいい。
もう自分のせいで誰も死んで欲しくない。
近頃、組織の動きもなかった。動けばシャーロックが解決してくれるに違いない。
祈るような気持ちでシャーロックを思い浮かべてiPhoneを握りしめている自分に気付けなかった。




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