221B Baker Street


何度かベーカー街は通ったことはある。
そこに住んでいる住民の二人がとても奇妙に見えた。
そう見えて仕方ないかもしれない。
いや、正確には長身のシャーロック・ホームズの方が。
ジョン・ワトソンと名乗った医者の方はまだ常識の範囲内にいるようだ。
アリスは弟が死んだにも関わらず、動揺しない冷静な自身に少なからず驚いていた。
取り乱さないのも、人が傍にいる効果か。
それともこの紅茶か。
視線を落として口元を引き締める。呼吸さえもアリスはあまり漏らさなかった。
警戒するようなアリスに誰も何も言わない。
人から淹れてもらった紅茶を飲むのは何年振りになるだろうか。
先ほどから視線を感じるが気づかないフリをしてアリスはカップをソーサーに戻した。
ここへ来てから一言も言葉を交わさない状態が続いている。
もしかしたら落ち着くまで待っているのかもしれない。
しかし落ち着いたところでアリスは何も話す気はない。ショーンの死は面白可笑しな事件なんかじゃない。
況してや警察でもない一般人に話すなんて論外だ。

(こんなときにあたし…)

アリスは顔にかかる髪を耳にかけ、額の辺りを押さえた。
次第に瞼が重くなり始める。眠りは誘うようにやって来た。
しかしこんなところでは寝られない。
何度も無理やり脳を起こそうと頭を振ったりするが強い眠気には勝てず、最後にアリスはシャーロックと名乗った探偵を気取る男の双眸を見て意識を手放した。

*

シャーロックは紅茶を静かに飲むアリスを観察していた。
一般人からは受けの良い清潔さと見た目。
肌の色を見て色素欠乏症《アルビノ》であることが分かる。
大体は“いつもの観察”をし終えた。少ない情報でシャーロックは人のことを読み解くのが得意であった。
しかしあまりに少ない情報に彼女からは何も感じ取れない。
落ち着きは先ほどよりかは少し取り戻しているよう。一見して彼女はとてもガードが固そうに見える。
如何にしてアリス・グレイの心を開いていくか、それが難題であった。
シャーロックは顎に手を添え、思考に耽っていた。
彼女にまやかしや演技は通用しないように思える。
慎重にいかなければ、自分好みの事件に辿り着くことができない。
頭を使うことができない。

(そうじゃなきゃ、面白くない)

ジョンはソワソワしながらシャーロックとアリスの交互に視線を動かしていた。
何も話し出さないことに戸惑っているのが分かる。
そろそろだ。
シャーロックは何気ない動作で腕時計に視線を落とした。
“効き目”がそろそろ出てくるはずだ。
アリスはシャーロックの予想通り体を前後に揺らし始めた。
時折、眠気を振り払うかのように何度か頭を振るような仕草を見せたが、『薬』には敵うはずもない。
必ず抗っても落ちるのだ。
アリスの体はぐったりと肘掛ソファーに沈み、動かなくなった。
数秒してからシャーロックはスッと立ち上がり、彼女の座るソファーに近づいた。





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