Daresbury village Church
ジョンの運転する車ブラウンのインサイトは砂利の音を立ててどこかに停止した。
「アリス」
「ん…」
「wake up」
ウトウトしていた首を動かして顔を上げる。
どうやら目的地であるデアズベリー村の教会に着いたようだ。
シャーロックに促されながらアリスは車外へ出た。澄んだ空気を吸い込み伸びを一つ。
ずっと車にいたからか体がほどよく解れた。外の空気が気持ちいい。
と、肩に手を置かれた。シャーロックは辺りに目を走らせながら「警戒」と一言言うと教会の入口へと歩いていく。
警戒を怠るなと言いたいらしい。
確かに油断は禁物だ。顔を引き締め直し、肩を竦めるジョンの後に続く。
しかしなぜここの教会なのだろう。教会ならたくさんあるのに。
不思議に思いながら小さな教会を見上げる。どこか見たことのある教会だった。
ガチャ、とドアノブを回したシャーロックは眉間に皺を寄せてジョンとアリスへ片手を挙げて制した。
「合図があるまでここで」
「僕もここにいた方がいい?」
シャーロックはアリスをチラッと見遣り頷いた。
「気を付けて」
ただならぬ雰囲気を感じ取り、アリスは思わずそう言った。
少し笑ってシャーロックは中へと入っていった。
*
中へ入ったシャーロックは漂ってくる異臭に眉を寄せてコートの袖で鼻の辺りを覆った。
腐敗臭だ。漂ってくる死臭に遅かったかと呟く。
まだ犯人がいるかもしれない。
忍び足で木製の聖堂へと通じるドアに手を掛け、一気に押し入った。
しかし参拝者は誰一人いないし、神父やシスターたちの姿もなかった。
奇妙な教会だ。眉を寄せたまま進んでいくと異臭が強くなっていく。
そして最前列の椅子からはみ出ている人間の足にシャーロックは駆け寄った。
人間が死んでいた。シャーロックの予想通り、神父だった。
神聖な場所で殺人か、とシャーロックは皮肉っぽく笑う。
死体を一通り観察し終えた後にスマートフォンを操作して警察へ連絡を入れた。
腐敗が進行している死体を一瞥し、目を背けてジョンとアリスが待つ入口へと向かう。
こんなメチャクチャな死体を彼女には見せられない。
そっとシャーロックは自分にしては可笑しな感情を抱くものだと不思議に思いながら
それを拭い去ろうと今後の予定を立てるために頭を回し始めた。
戻ってくるとジョンとアリスは心配そうな表情でシャーロックへ視線を投げてきた。
それを受けながら事実を伝えるために口を開く。
「聖堂で神父が殺されてた」
驚きで二人は目を見張っていた。
「何だって?」
「ジョン、警察が来る前に出来るだけ調べてきてほしい」
「…わかった」
ジョンは一瞬、チラリ、とアリスへ心配そうな視線を投げかけたがすぐに表情を引き締めて中へと入っていった。
アリスへ視線を戻す。彼女はそれほどまでに取り乱していなかった。
ただ少しだけ口元を両手で覆い、目を閉じているだけだった。
まだ会ったこともない神父の死を悼んでいるのだろうか。
それとも、別の何か――?
「どうしてこの教会だったの?」
視線を上げて彼女へ戻せば、アリスは困惑気味でこちらを見上げてきていた。
彼女はその点がずっと気がかりだったらしい。
なぜこの教会を選び、そしてその教会で殺人が起こったか。
シャーロックの予想通りだったわけだ。
外れてほしい反面、事件が起こってほしいとすら願う自分。
なぜなら、シャーロックは事件が大好きだから。
そんなこと言ったらアリスはどう反応するだろうか。
シャーロックは“下らない”考え事を消し去り、口を開いた。
「君がぽつり、と前に話してくれた悪夢」
「私の悪夢?」
「そう。あれは過去にあったことだ」
「てっきり聞き流しているのかと」
「君から聞いた事細やかな景色を照らし合わせたらこの近くの森だってことがわかった。それで」
「ここを選んだの?」
「その通り」
パトカーのサイレンが遠くから聞こえてくる。
丁度そのときジョンが中から出てきた。
「シャーロック、アリス」
「何か分かったか」
「ああ、それが…神父の肩にも焼印があった。肉体の状態から死後1週間は経過してる…」
シャーロックとアリスは顔を見合わせた。
「なんでそんなに早く神父さんを…?私たちが来る前から早く…それに神父さんは組織のどっち側に…」
アリスは疑問を口にするとそのまま黙り込んだ。
やがてパトカーがサイレンを鳴らしながらこちらへとやって来た。