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ユーストン駅からリヴァプールのライムストリート駅まで2時間半弱掛かった。
予約していたホテルに荷物を置くと息をつく間もなく外へ連れ出された。
シャーロックとジョンは同室でアリスはその部屋の正面だった。
「アリス、手を繋いで」
「はい?」
シャーロックの突然の発言にアリスは素頓狂な声を上げ、ジョンは驚愕に固まっていた。
そんな二人に呆れたのかシャーロックは面倒そうにアリスの右手を奪った。
ドキリと落ち着きなく握られた手を眺め、視線を泳がせる。
「奴らは僕とジョンが調査に加わったことで警戒姿勢を見せている。さらに僕と君が恋人関係であると勘違いしもっと警戒している。その方が都合が良い」
さあ行くぞ、とシャーロックはきびきびジョンとアリスに向かってそう言い歩き出した。
「どこに?」
「マージーサイド海事博物館」
ジョンの問いに歩きながらシャーロックはそう返した。
*
マージーサイド海事博物館はアリスにとってとても魅力的な場所だった。
展示物も多く歴史の勉強も出来る。
それにカフェも存在し、1日潰せそうな場所だった。
ジョンがタイタニックの展示に興味を持つとシャーロックはすかさず「関係ない」とバッサリ言っていた。
「ローマ…中世……密輸?」
アリスは本棚から分厚い資料を取り出した。
パラパラとカラーページを捲る。密輸の方法など事細やかに書かれていた。
これは関係なさそうだ。しかしもしかしたら自分を狙う組織と関わりがあるかもしれない。
なぜなら自分を狙う組織は巨大で強大。
シャーロックは宗教組織と推測したがもしかしたら他の犯罪だって手に染めているかもしれない。
根拠はないが。そして不意にあるページで止まった。
文字がぎっしりと書かれ、刺青のようなものがイラストで示されているページ。
その刺青には見覚えがあった。花びらの焼印。
自分のととても似ている。いや、似ているどころかそのまんまだ。
アリスのは王冠がついているが花びらのデザインは同じだった。
悪寒で背筋が粟立ち、サッと全身の血が引いていくのが分かる。
「シャーロック…」
隣の棚で資料を漁っていたシャーロックはすぐにやって来た。
遅れてジョンもやって来る。
アリスは自分の見ていた資料をシャーロックへ差し出してページの焼印に触れた。
「シャーロック…これって」
「密輸もやっているってことか?」
ジョンはシャーロックの持つ資料を覗き込んで顔を歪めてそう言った。
シャーロックの顔が真剣なものとなり、ジョンとアリスは口を噤んで彼が思考し答えを導き出すまで待った。
1分も経過しなかった。呆然としながらシャーロックは何かを言った。
「petal Requiem…」
「花弁の鎮魂歌?」
アリスは首を傾げた。
「何だい、それ?」
「組織の名前だ…」
シャーロックはどこか一点を見据えたままそう言った。
そんな組織の名前など聞いたことがなかった。
ジョンとアリスは怪訝に眉を寄せた。
「何の?」
「あまり大っぴらではないが何度か僕はソイツらが起こし事件を追ったことがあった。奴らは完璧主義。痕跡を残さない」
「でもどうして貴方はその組織の名前を知っているの?」
「そうだ。痕跡も残さず完璧主義なら君がその組織の名を知るはずがないし、組織であることも分からなかっただろ?」
「事件を解決する度に奴らは封筒を送ってきた。黒い花弁の入った“petal Requiem”と綺麗な筆記体で記された封筒が。
それに犯罪者の中の一人の死体にこの焼印がされた者がいた…」
「その資料によるとその団員の人はいずれもこの焼印を肩に刻んでいるそうよ。私も組織の一員なの?」
アリスの顔は不安そうだった。
自身の肩の辺りを押さえて資料からそっと視線を外す。
「この組織は犯罪から成る組織だと思っていたがどうやら元々は宗教的な組織らしい。まさかリヴァプールが拠点だったとは」
シャーロックは次のページを捲り、様々な焼印のイラストを指差した。
いずれも花びらが刻印されている。
そのなかにアリスの焼印もあった。王冠に花弁の。
「この説明書きによると君は王の資格を持つ者から生まれた姫君…くそ、その続きが何者かによって消されてる」
「私たちがここへ調べるためにくることが分かっていた?」
「シャーロック」
「もしこいつ等の仕業ならショーンとミッシェルの遺体にもこれが刻まれている。遺体を見るべきだった…!」
「もう遺体は燃やされてるわ」
「でもモリーが写真を撮ってるかも」
ジョンの言葉にシャーロックはすぐにスマートフォンを取り出して操作した。
すぐに返信はきた。
それに添付された画像ファイルを開くといずれも肩口のところに花弁の焼印が刻み込まれていた。
「この一団のことを調べ進めていけば組織に辿り着ける。閉館ギリギリまでこの一団のことを調べるんだ」
ジョンとアリスはコクリと頷き、それぞれで調べ始めた。