Charade


「何をしてるんだ?」

ジョンはコートを脱ぎながら共同スペースで真剣な表情をするシャーロックとアリスを交互に見つめた。
二人は椅子に腰掛け、壁を眺めていた。つられてそちらへ視線をやれば大量の写真がそこに貼ってあった。
いずれも殺人や射撃現場などの証拠品や死体の写真ばかりだった。
シャーロックはここのところ何ににも意欲や関心を示さなかったがようやくいつも通りに戻ったらしい。
アリスがジョンの方へ視線を遣り口を開いた。

「一つ一つの事件の整理をしているところよ」

「ジョン丁度、良かった。順序立てて会議だ」

シャーロックは指を組んでニッコリと笑った。
ジョンが椅子に腰を掛けるとアリスは話しだした。

「第一の殺人は私の弟…詳しくは弟と思い込んでいた人物の死。知っての通り、私の家で起こったわ。家は二階建て。鍵は全て施錠されていた。
ピッキングは不可能。殺害された場所は2階の彼の部屋。殺害現場の状況としては彼の顔は判別が難しいくらいメチャクチャになってた。
死亡原因は傍に落ちていたショットガン。不可解なのは指紋が検出されていないこと」

「良いところに気づいた。まさにそこだ。警察は自殺と判定したがショットガンに彼の指紋が付着していないのはおかしい」

「ショットガンの持ち主は確かにショーンだけど、彼がそんなもので自殺をするのはおかしいわ」

「ジョン、自殺するとしたらどのような方法をとる?」

急に聞かれたことに対して驚きながらジョンは口を開いた。

「えーと…アルコールを大量にとって入水?」

そう言えばシャーロックは呆れたように天井を仰いだ。

「医者だろう、君は。それによく考えればそれは違うのは明白だ。いやよく考えなくてもわかるな」

確かにそうだ。そんな行動を取れば、まずアリスが気づく。
というか自殺前提で話している?

「ショーンは自殺だったのか?」

また呆れたようにシャーロックはため息を吐いた。

「ショットガンを使って自殺するなんておかしいと思わないのか?」

そう言われてようやく気づく。

「あ…普通は拳銃を用いる!」

「そう、あの部屋にはショットガンの他に拳銃もあったんだ。なのになぜわざわざ彼はショットガンを用いた?」

「それもそうだけど指紋の件の方がとっても疑わしいことばかりだわ。私だったら自分の指紋をつけないようにしてまず殺害。
そうして被害者の指紋を付着させてあたかも自殺っぽく演出するけど」

「犯人は微かな君の足音に気づいたのだろう。慌てて立ち去ったんだ」

「「でもどうやって?」」

ジョンとアリスはほぼ同時にそう聞いた。

「そんなのは簡単だ。あの部屋のドアは内開き。
アリス、君がドアを開けてショーンの死体に気を取られている隙に犯人はその隙をついて部屋から出て行った」

「脱出方法はそれで良いとして侵入方法は?」

「彼の携帯の発信履歴を確認したが殺害時刻の30分前ほどに誰かと通話していた。通話時間は2分。
話は変わって備え付けのテーブルにはペンが置いてあった。その傍に微かな紙片。その紙片はメモ帳だ」

「でも現場にはメモ帳は押収されなかった」

アリスがそう呟き、ジョンは何か分かったかのように「あ」と顔を上げた。
シャーロックに口元を吊り上げる。

「そう、犯人が持ち去った。そのメモには重要なことが書かれていた。犯人の名前、もしくは犯人への手がかり」

「犯人はそのメモの1枚を剥ぎ取った。でも裏写りしていることが分かってやむを得なくそれごと持ち去った。
傍に落ちた紙片とテーブルに置かれたペンの存在に気が回らず…」

アリスがシャーロックの言葉を続けると彼は「そうだ」と頷いた。

「でもそのショーンが掛けた電話の相手って一体、誰?」

「彼の恋人ミッシェル・コーツ」

ジョンとアリスはお互いに顔を見合わせた。

「まさか?だって彼女は殺されているのよ?私と間違われて」

「最初はそう思った。でも僕の勘違いだったことに気づいた。彼女は君を狙う側の宗派組織に属していた。アリスのスパイだったんだ。
ショーンはそれに気づいた。彼はきっと後悔した。君と接点を持たせたことに関して」

「ショーンはミッシェルを殺そうとするために電話をかけた?」

ジョンがそう言えばシャーロックは頷いた。

「そうだ。でも待ち合わせ場所は家なんかじゃなかった。ミッシェルは急な彼からの連絡に全てを察した。自分の正体がもうバレていると。
そして彼女はショーンの部屋のベランダから侵入し殺害。次に君を殺害しようとしたが
会っただけで終わった。それは一体なぜか」

「分からないわ」

「会話を思い出して」

「“アリス、とても遅い帰りね”と確か言われたわ」

「君はどう答えた?そのまま言ってみろ」

「“探偵の人と会ってたの”」

「彼女は何て?」

アリスはその日のことを必死に思い出しているらしく目を細めながら口を開いた。

「“探偵?面白そうね。お名前は?”…私はシャーロック・ホームズと答えたわ」

「命拾いしたな」

シャーロックの言葉に訳が分からずアリスは視線を揺らしジョンへ投げた。
ジョンは顔を顰めながら「えーとつまり?」とシャーロックへ問いかけた。

「たまたまミッシェルは僕の名前を知っていた。僕がどんな人物でどんなに恐ろしいか。
それを警戒して取り敢えずその日は帰ろう、そう思ったんだ」

「私が殺されれば自分の正体がバレる、それを危惧して?」

「そうだ。そして不運にもミッシェルは君を殺されたくない宗派グループ…
つまりミッシェルの属するグループと対立する立場にある組織に殺された。ショーンを殺した対価として」

「それじゃあ、ミッシェルを調べればその組織とか出てくる?」

「有り得る。明日、警察署に行くぞ。もうすぐで解決できるかもしれない」

シャーロックは嬉しそうに言って写真を片付け始めた。
ジョンは気づいた。
アリスがほんの少しだけ悲しそうな顔をしていたのを。





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