Mysterious detective


「遺体は」

引っ張られながらそう聞かれ、アリスは眉間に皺を寄せた。

「はい?」

「遺体はどのような状態だった?」

頭の中でショーンのメチャクチャになった遺体を思い出し、寒気がしてくる。
それを振り払い、アリスはシャーロックという男の手を振り払って一歩彼らから離れて顔を歪めた。
警戒姿勢を見せるように腕を組み、そして心理学を学んでいる癖か、観察を始めた。
ショーンの遺体を脳から追い出したい理由もある。
まずは背の低い男。いや背の低い男ではないがこれといった特徴がないからそう呼んでいるだけである。
ユニクロのジーンズ、上は黒のジャケット。隙間からチェックのシャツ。
手のひらに銃を握るようなたこ。

軍人

いや、違う。
手の荒れ具合、少し仄かに香る医薬品の香り。
医療関係者だろう。

「医者と…」

長身の方はよく分からない。
表情も読み取りづらい。
特徴を上げるとすればコートの襟を立てていることくらい。

「強いて言うなら…探偵さん?」

「驚いた」

背の低い男はシャーロックに向かってそう言った。
しかし彼は表情を変えることなく鼻を鳴らした。

「君の姉を特定できていない。だから僕の勝ちだ」

「君の推理は間違っていたけどね」

「…推理の材料も少ないから今回は見逃してやろう」

双眸を細め、微かに口角を上げるとシャーロックはアリスへと向き直った。
アリスを見つめシャーロックはきびきびと口を開いた。

「名前を伺っても?」

改めてこの男は自分の口から聞きたいのだろう。
ここで名乗る義理はないが助けてもらった手前名乗るしかない。

「…アリス・グレイです」

「僕はシャーロック・ホームズ。こっちは君の推理した通り“医者”のジョン・ワトソン。僕の助手だ」

推理なんて大袈裟なことをした憶えはないが。
アリスは鼻を鳴らし、「探偵さんとお医者さんが私に何か?」と聞いた。

「君に事件の詳細を聞きたい」

どこか事件を面白がるような雰囲気にアリスは、顔を歪めた。
ジョンがフォローしようと口を開くのを見てアリスは鋭く返した。

「お断りします、ではさようなら」

アリスはシャーロックとジョンを睨み、踵を返して来た道を戻って歩き出した。

「ジョン、彼女を止めるんだ」

「なんだって?」

「止めろ。聞こえてないのか?」

ジョンは相変わらずなシャーロックに盛大なため息を吐き出し、数歩歩いてアリスの腕を掴んだ。
すると意外にも大人しく立ち止まる。

「止めたぞ、シャーロ…」

シャーロックを振り返れば、突然視界が1回転した。
と思ったら背中が地面に衝突。
衝撃に顔を歪め、目を開ければ空とアリスの見下ろす顔を見えた。
その顔はハッとするような美しさを誇っていて。
まさか、彼女にやられた?
ジョンは痛みを忘れてただ唖然とした。

「ジョン、十分だ」

上から声が掛かったと思うと、シャーロックが視界に入り、遠慮なくアリスのお腹辺りに腕を回して抱え上げた。
彼女の方も驚いているらしくフリーズしていた。
彼の布団を運ぶような動作に似た肩を担ぐ行動に呆然としていると彼の声がかかる。

「いつまでアスファルトで寝ているつもりだ?早く立て」

ハッとして慌てて服についた枯葉などを払いながら立ち上がり、アリスを肩に担いだシャーロックを追う。
ここが人通りの少ない路地で助かった。
人が通っていれば、奇妙なモノを見るような視線が刺さっていたに違いない。
彼と行動していれば自然と慣れてくるが。

「ちょ…何するの!」

ジタバタと手足を動かすアリスの頭に血が上り始めている。
ジョンはシャーロックに注意するために口を開こうとしたが彼の方が早かった。

「あまり無理をして運動をしない方が体のためじゃないか?」

静かな口調にアリスは、ハッとして諦めたように大人しくなった。
苦しそうに呻きながら、彼女は口を開く。

「どうして分かったの?」

「これが落ちてた」

シャーロックは徐ろにポケットから白いモノを取り出し、ジョンに投げて渡した。
反射的にキャッチしたモノに視線を落とす。

「吸入器?喘息か?」

彼女はシャーロックに肩に担がれたままコクリ、と頷いた。
そして口を開く。

「…どこに連れていくつもり?」

「ベーカー街221B」

「…どこなの、そこ」

彼女からチラッと視線が送られ、「僕らの家」と答えた。
アリスが反論することが分かっていたのかシャーロックは続けて口を開いた。

「君はしばらくあの家に戻れないだろう。それとも警察の出入りが激しくて
弟の血が大量に染み付いた絨毯の部屋がある家に帰りたいか?」

早口で不謹慎な発言をするシャーロックを咎めるように「シャーロック」と名前を低く呼んだが、
やはり諦めたように小さくなる彼女を見て口を噤むしかなかった。





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