Camera phone
アリスは聞こえてきたバイオリンの音に体を起こした。
欠伸をしながらパソコンをシャットダウンする。
パソコンをやっていた間に居眠りをしてしまったようだ。
「聴いたことない音楽」
耳を澄ませてよく聴いても記憶にない曲だった。
一応、音楽なら何でも頭に入っていたはずだが。シャーロックが作ったのかもしれない。
一度、考えるためにバイオリンを弾くことがあると漏らしていたから。
頭の中でそのバイオリンが奏でる旋律にピアノの音が重なる。
アリスは脳内で新しい楽譜を作るとピアノの鍵盤に指を乗せて動かしていた。
バイオリンの音は一瞬止まったが再びピアノの音と合わせるように鳴り始めた。
しかし突然、それはピタリと止まる。アリスは弾き続けながら耳を澄ませた。
ジョンとハドソン夫人、シャーロックの話し声が聞こえる。
しばらくして階段を下る音が聞こえ、またしばらくして階段を下る音がまた一つ聞こえた。
「アリス、入ってもいいかしら?」
「どうぞ?」
ピアノから離れてアリスは言った。
「ジョンとシャーロック、出掛けたのですね?」
「ええ、そうなのよ。ジョンが先に出て行ったんだけど、シャーロックも突然出ていちゃって」
あの二人っていつも一緒よね、と続けたハドソン夫人にアリスは苦笑を返した。
しかし突如聞こえてきた複数の足音に二人は顔を見合わせる。
「ハドソンさん、カメラフォンを見つけたらすぐに隠して」
「え?…ええ、わかったわ」
真剣なアリスの表情を読み取ったらしい。
ハドソン夫人はすぐに頷いた。
*
銃を突きつけられながらアリスは大人しく座っていた。
ハドソン夫人は銃を突きつけられながら啜り泣いている。
しかし――銃を向けられると生きた心地がしない。
早いところ、シャーロックかジョンに帰ってきてもらって解決してほしい。
いや、この場合シャーロックだ。ため息を一度ついて、足を組み直した。
「美人だな」
触れてこようとした男にアリスは遠慮なく蹴りを入れた。
蹴りを入れられた男は怒りですぐにアリスの頬を思い切り叩いた。
「やめろ、仕事中だ」
男の一人はそう言った。
「女性に手を上げるなんて最低」
ハドソン夫人がそう叫ぶように言うと男が銃口をさらに突きつけてきた。
「もう一度聞くが我々が求めているものを君は本当に知らないんだな?」
ヒリヒリする頬に銃口を押し当てられアリスは素っ気なく「知らないわ」と言った。
「仕方ない。ホームズくんの帰りを待とう」
「僕ならもう帰ってきたが?」
居間に入ってきたのは帰ってきたシャーロックだった。
男たちはさらにハドソン夫人とアリスの頭に銃口を押し付けてきた。
「シャーロック…」
ハドソン夫人は啜り泣きながら彼の名を呼ぶ。
「ぐずぐず言わないで、ハドソンさん。泣いたところで銃には何の効果もない。これはまたずいぶん、ご丁寧なことだな」
「ごめんなさい、シャーロック」
捕まちゃったわ、と後に付け足せば男は短く唸って銃口をさらに押し付けてきた。
痛みに男を睨み上げる。
「捕まるのは当然だ。強い女性でも多勢に囲まれたらおしまい」
「1対1でもやれる」
アリスに銃口を向ける男は噛み付くように言った。
相当な負けず嫌いに思える。
「我々が求めているものを、持っているだろう、ホームズくん」
「どうして聞くんだ?」
シャーロックの目が観察するように動く。
「彼女たちに聞いたが、何も知らないようだったのでな。でも、君は分かっているだろう、ホームズくん」
「そう、分かっている。まず、取り巻きを外に出せ」
シャーロックは男たちを見回しながらそう言った。
「どうして?」
「そっちの方が人数が多い。室内でこの状況は不利すぎて話にならない」
「二人とも、車で待ってろ」
部下は顔を見合わせて銃を仕舞い込んで大股で部屋のドアへと歩いていく。
「そのままどっかへ失せろ。嵌めようって言ったって無駄だぞ。ぼくを知っているだろう。何をやっても無駄だ」
男たちが出て行くとシャーロックはドアを閉めて振り返った。
「さぁ、次は銃を向けるのはやめてもらおうか」
「代わりに銃を向けるつもりか?」
「持ってない」
「確認するぞ」
「持ってないって言ってるだろ」
シャーロックを調べるために近づいた男の微かにできた隙を見てアリスは素早く片方の手を男の後ろの首元に叩きつけた。
短く声を上げて男は床に崩れて意識を失った。
そんな男にシャーロックは「間抜け」と短く吐き捨てる。
「ありがとう…」
ハドソン夫人は疲れたような声でそう言った。