Christmas calamity
「もしもし」
『もしもし?ティナだけど』
「はい、わかってるわ」
アリスはベッドに腰を掛けて苦く笑った。
受話器口からは啜り泣く声と風の音が聞こえてきた。
そのことから外にいることが分かる。
「外にいるの?」
『うん、そうなんだけど…ちょっとね』
「もしかしてジラ?」
アリスは足を組み直して苦笑を零した。
ジラはなぜか毎年クリスマスの夜に彼氏にフラれる。
そして泣いてお酒を飲みながらティナとアリスに愚痴るのだ。
毎年クリスマスの風物詩だったりする。
『うん…早く来いだって。いつものバーで待ってるね』
最後に低い声で『早く来てね』と付け足されアリスは急いで白のファー付きのコートを上に着て鞄に財布とiPhoneを詰め込んで自室を飛び出た。
みんなは驚いた様子で息を弾ませたアリスを見つめた。
「どこかに行くのか?」
「ええ、友だちに呼び出されて。行ってくるわ」
「気を付けて」
ジョンに向かって微笑み、アリスはフードを被って駆け出した。
「何、見とれてるのよ」
「ジャネット…!別に見とれてないよ、本当だ」
「でも彼女、綺麗ね」
モリーはアリスの出て行った方を見て、そう呟いた。
*
「全部、何もかもあの女のせいよ!あの女、人の彼氏に色目使っちゃって!」
アリスはカクテルをゆっくりと飲みながら息をついた。
久しぶりのアルコールはすぐに全身を熱くした。
隣が静かになったことに気づき、視線をやれば案の定机に突っ伏したジラ。
毎年、ジラは散々言いたいことだけ愚痴って寝る。
そしてアリスとティナのどちらかの家に泊まることとなる。
しかしアリスは現在、シャーロックたちの部屋に居候の身だ。必然的にティナの家だということに決定した。
「アリス、長身の探偵さんとはどうなの?」
危うく吹き出すところだった。
ティナへ視線を遣れば、彼女はやはり楽しそうに笑っている。
「別にそんなんじゃないわ」
「へー…本当にアリスって恋愛をしない人。美人なのに勿体無い」
「今はそれどころじゃないの」
「私、絶対探偵さんとくっついてほしい」
「それはないから平気よ。彼は恋愛なんて興味ないんだから」
そう、恋愛という要素がシャーロックに加われば彼の頭脳に異常を来す。
有り得ない。この5文字ですぐに片付く要素なのだ。
マスターが新たに置いてくれたカクテルに口をつける。
それはおかしな味だった。今までに飲んだのない味。
その途端、息が詰まったかのように呼吸ができなくなった。
「アリス!?」
何か喋ろうにも何も話すことができない。
アリスは息苦しさに遂に意識を手放した。
**
「大丈夫か」
「ええ…何とか」
ジョンの問いかけにベッドに横たわったままアリスは素っ気なくそう答えた。
カクテルに致死量の毒薬が入っていたらしい。
犯人はもちろん、マスターではない。
ティナの冷静な判断のお蔭で一命は何とか取り留めた。
たまたまバーに医者がいてすぐに対処してくれたのだ。
「シャーロックはまだ何も知らない。知らせてくる」
「待って」
携帯を手に出ていこうとするジョンを引き止める。
彼は怪訝に額に皺を寄せながら振り返った。
まるでなぜ止めるんだとでも言うように。
「シャーロックにはこの話は内緒で」
「彼に言わないと」
「さっき貴方、アイリーン・アドラーの死でシャーロックがどうかしてるって言ってたわ」
「ああ、言ったよ」
「だからこそ言わないで。元々シャーロックは二つの事件は同時にやらない主義だったはずよ」
「君は特別だ」
ジョンの言葉を無視してアリスは続けた。
「私の推測では彼女、生きてる」
「何だって?」
「だからまだこの件は決着が着いてない。それからで良いと思うわ、私のことは。お願い、言うタイミングは時間を置いてほしいの」
しばらくジョンは考え込むような素振りを見せ、やがて折れてくれた。
「ありがとう」
「いや、アイリーン・アドラーがまだ生きてるなんてまだやっぱり信じられないよ…。でも君がそこまで言うなら」
「さあ、帰りましょ」
そう言って支度をし始めるアリスにジョンは驚いた。
「安静にしてないと…!毒がまだ体内に残ってるんだろ?」
「点滴はもう終わったわ」
腕に刺さった針を外し、「帰っていいって言われたから平気」と付け足す。
「怪しまれる前に帰らないと」
「…はいはい、分かった。タクシーですぐに真っ直ぐ帰ろう」