Christmas


12月25日

「ねえ、誰か私のピアノ知らない?あ…こんなところにあった」

自室から顔を出したアリスは共有スペースに置いてあるピアノへと近づいた。

「誰が移動させたの?」

「知らない。いつの間に置いてあったんだ」

ジョンはピアノを一瞥し、そう答えた。
クリスマスの飾り付けを見てアリスは息をついた。
いつもと違いパーティードレス姿のアリスに気づきジョンは首を傾ける。

「どこかへ出かけるのか?」

「本当はそうだったんだけど、店の予約を入れ忘れたみたいで急遽中止」

「そりゃ、災難」

「別にいいわ。そこまで乗り気じゃなかったから。そちらは?」

ジョンの隣にいる女性に視線を遣りアリスは聞いた。

「ああ、アリスは初めてだったね、こちらジャネット」

「初めまして、アリス。貴方のことはジョンから聞いてるわ」

「うわ、ジョンは何を言ってるのかしら?こちらこそ初めまして」

ジャネットから差し出された手を握り、アリスは微笑んだ。

「話通り、とても綺麗な人ね」

「だろ?」

「お世辞はやめてよ、ジョン。レストレード警部もいらっしゃっていたのですね」

「ええ、Ms.グレイも元気そうで」

軽く会釈をするとシャーロックが室内に入ってくる気配がした。

「アリス」

名前を呼ばれ、アリスは振り返る。
バイオリンを手にシャーロックはピアノの椅子を引いて示した。
そこに座って演奏しろ、ということらしい。
彼の示す通りに椅子に座りアリスは鍵盤に指を乗せて振り返った。

「何を弾けばいい?」

「何でもいい。合わせる」

「合わせるって言ったって」

アリスは必死に頭を巡らせた。
定番のクリスマスソングは一通り弾けるが普通過ぎる曲を選ぶのは気が引ける。
チラッとジョンとジャネットに視線を向けてピンと閃いた。
シャーロックへ視線を戻し、微笑んで彼の耳元で題名を囁いた。

「“愛の挨拶”」

シャーロックは一瞬だけ目を見張り、柔らかく微笑むと弾く体勢に入った。

「ジョンとジャネット、そして恋人たちへ」

アリスはそう言うと上品なお辞儀をして鍵盤に指を置いて動かし始めた。
ピアノの音に続くバイオリンの旋律。音楽に関して素人のジョンでもわかる。
素晴らしい音楽だ。
シャーロックの腕もアリスの腕もどちらも知ってはいたが二つの音が重なるのは初めてだ。
どちらも才能がある。
それらが重なるとこんなにも綺麗な音を奏でるというのか。
息がピッタリだからこんなにも素晴らしく仕上がるに違いない。
そして何よりも音を奏でている二人が楽しそうだった。演奏が終わると拍手が湧き起った。

「素晴らしいわ!本当に!」

ハドソン夫人が一番にそう言った。

「大したもんだ。よかったよ」

シャーロックに片手を差し出され、その手を借りて立ち上がりながら、はにかんだ。

「シャーロックがカバーしてくれたお蔭だと思う」

「謙遜はよせ。とっても素敵だったんだから」

「あ、ありがとう」

シャーロックに褒められることなんてあまりない。
普通の人が褒めてくれるよりも何だか嬉しかった。

「こんばんは、あら、ごめんなさい。こんにちは。ドアのところにお入り下さいって書いてあったから」

入ってきたブラウンの長い髪の女性にアリスは誰だろうと首を傾げた。
その女性もじっとシャーロックの傍にいるアリスのことを見つめている。

「ずいぶん集まってこんにちは、楽しいねぇ」

ハドソン夫人は機嫌よくそう言った。

「あの貴方誰?」

「モリー、名前を聞くときは自分から」

シャーロックはすかさずそう言った。

「私、モリー・ハーパー。よ、よろしく」

「アリス・グレイです。どうも」

ああ、この子シャーロックのことが好きだ。アリスにはすぐわかった。
ぎこちない自己紹介を終えるとアリスのiPhoneが鳴った。
電話を知らせる音に「失礼」と短く言ってから携帯を開き、自室に戻ってから電話に出た。




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