requiem


うるさい、ハドソンさん!
そんな声でアリスは目を覚ました。
この声はシャーロックでもジョンでもない。マイクロフト・ホームズのものだ。
いや正確にいうとシャーロックが「マイクロフト」と呼ぶ声が聞こえた。
声だけではきっと判断できなかった。時計を見るとやや遅い時間。
少し不規則かな、と欠伸をしながらアリスはカーディガンを羽織って自室を出た。
一斉に視線が集中し、それに慄けばハドソン夫人は「おはよう」と朗らかに挨拶をした。

「おはようございます」

「「おはよう」」

シャーロックとジョンはほぼ同時にそう挨拶をしていた。
挨拶を返して、ハドソン夫人が促すままに椅子へ腰を下ろした。
その途端、女性の吐息混じりの喘ぎが聞こえた。
戸惑うように「え」と辺りを見回し、シャーロックのiPhoneの受信音だということに気づき眉を寄せた。

「何なの…そのいやらしい騒音は」

ハドソン夫人は分かりやすく顔を顰めた。

「とにかく、ぼくが見た限り、何もすることもないし、彼女もなにもしない」

会話の続きだろう。
アリスはトーストにマーガリンを塗り、齧りながら新聞紙を広げた。
特に大きな事件はない。

「彼女に最高レベルの監視をつける」

「そんな必要あるか。ツイッターやってるんだぞ。たぶん、ユーザーネームは『鞭打ち』だな」

「それは大したもんだ。失礼…もしもし」

マイクロフトはそう言って携帯の電話に出て会話を聞かれないような場所へ移動する。
それを見届けながらジョンは口を開いた。

「なんで着信音をあんなのにしたんだ?」

「あんなのって?」

シャーロックがそう聞き返すとジョンは言いづらそうに言葉を詰まらせた。

「女性の喘ぎ声みたいなの」

アリスは素っ気なくジョンの代わりにそう言った。

「メールの着信音さ。メールがくれば鳴る」

そりゃそうだ。
アリスは口元を引き締めてそのまま黙々と新聞紙を捲った。
大きな広告の写真の女性モデルはこちらを見て挑発的に口元を吊り上げている。

「きみのメール着信音は普段、あんな音はしない」

「誰かが携帯をいじって、いたずらしたんだろ。特定の人物からのメールがくると、あの音が鳴る。つまり、メールがくる度に」

また着信音が鳴り、アリスの神経を逆撫でさせた。
無言でアリスはそのまま立ち上がり、ハドソン夫人が何か言う前に自室へと入りピアノの鍵盤を叩き始めた。
その背中を見届けたジョンはシャーロックへ視線を戻した。

「彼女、なんかその着信音、気に入らないみたい」

シャーロックはiPhoneを手に視線を上げて部屋を見つめた。
そしてスッと自然に逸らすと彼女の置いていった新聞紙を畳んだ。

「…子ども扱いされたことが気に入らないんだろ」

「あれってレクイエムよね」

ハドソン夫人は聞こえてくる旋律にうっとりと目を閉じながら言った。

「え」

「彼女の部屋には楽譜なんて置いてなかったのに…レクイエムを暗記してるとはな」

ジョンは困惑した表情を浮かべながらシャーロックとハドソン夫人へ交互に視線をやった。

「アリス、誰かに死んでほしいのかな」

「さあな」

素っ気なくシャーロックはそう返した。





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