lipstick message


アリスは指示通り奥の部屋へと足を踏み入れ、首を傾げた。
鏡がそこにあり、ルージュでメッセージが書かれている。

上がってくるまで絶対に出てこないこと

と書いてある。
怪訝に額へ皺を寄せながら椅子に腰を下ろした。途端、火災報知器が鳴った。
一瞬、部屋を出ようとしたがメッセージのことを思い出し、椅子に座り直した。
ああ、そうだ。これはシャーロックの策だ。
彼女の“大事なもの”を発見するための。

パァン

銃声にアリスは体をビクリとさせる。今度こそ不安が押し寄せてきた。
こんなこと予定になかった。
椅子から腰を上げれば、次に外から何発もの銃声が聞こえた。
女性が廊下で倒れているのを見て「もしもし」と揺さぶってみるが気を失っているようだ。
数秒もしない内に足音が聞こえてきた。シャーロックとジョン、アイリーンだ。
立ち上がりながらアリスは「気を失ってるだけ」と言った。

「よく気絶するから。裏口があるの、ドクター・ワトスン、見てきた方がいいわ」

ジョンはシャーロックへ視線を遣ってから「分かった」と頷き去っていった。

「落ち着いているな。きみが仕掛けた罠で、男が一人殺されたんだぞ」

「あっちは私を殺そうとしていた。正当防衛だわ」

瞬間、アイリーンはシャーロックへ何かを刺した。
地面に落とされるそれを見てアリスは口元を手で覆う。

「さあ、それを寄越しなさい!早く」

シャーロックの持つカメラフォンをアイリーンは奪おうとした。

「断る…!」

「さぁ、手を離して!…ああ、ありがとう。さぁ、大事な、素敵な写真はこれで安心」

シャーロックからそれを簡単に奪い取るとアイリーンは唇を吊り上げた。
シャーロックは床に崩れ落ちるように横たわった。

「脅迫するためじゃないの。保険よ。それに…あの子にはまた会いたいし。
あら、だめだめ、楽しいじゃない。台無しにしないで。あなたには、私のこの振る舞いで私を記憶しておいて欲しいわ。
あなたを叩きのめした女…お休みなさい、シャーロック・ホームズさん」

アリスはシャーロックの元へ駆け寄り、脈を図るために首筋へ手を添えた。
アイリーンを見上げてアリスは鋭く口を開いた。

「シャーロックに何をしたの?」

「しばらく寝てるだけよ。吐いて窒息しないように気をつけて。あれで死ぬと見られたもんじゃないわ」

「何を打ったの?答えて」

「大丈夫よ。いろんな人にやったけど大丈夫だったから」

可愛いお嬢さん、とアイリーンは囁くようにそう言い、去っていった。
途中でジョンと会ったらしく話し声が聞こえる。

「シャーロック?聞こえる?」

アリスは答えない彼を見て息をついた。
ダメだ、意識が朦朧としている。考えを巡らせていると呼ぶ声。

「アリス!」

振り返ればジョンは横たわるシャーロックを見て大股で近づいてきた。

「ジョン…!シャーロックが」

「ああ、知ってる。落ち着いて、警察が直にくるよ」

「アイリーン・アドラーは?」

「消えたよ」

「そう」

アリスの目を閉じた。
瞼に強く焼き付いたルージュで書かれたもう一つのメッセージ。

貴方はまだ可愛らしい雛鳥さん”。

この言葉は挑発と受け取れる。

「雛鳥なんかじゃないわ」

「何だって?」

「いいえ、何でもない」

呟きを拾ったジョンへアリスはすぐにそう返して、俯いた。





×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -