Irene Adler
「立派なお屋敷ね」
「ああ、ホント」
応急セットを持ちながら客間へ足を踏み入れる。
「よし、これでいいや。これ、何かの間違いかな?」
「……ああ」
ソファーに座るシャーロックの上に乗る綺麗なラインの裸体の女性にアリスは目を逸らした。
同性とはいえ他人の裸体はじろじろと見るものじゃない。
「お座りになって。お茶でもいかが?メイドに持ってこさせます」
「宮殿で頂きました」
離れる女性――アイリーン・アドラーにシャーロックはそう返した。
「知ってるわ」
「そう」
「一応言いますけど、僕も頂きました」
シャーロックはアイリーン・アドラーをいつものように観察するが何も分からないでいた。
服も纏わず、顔も化粧で覆い隠し状態など窺えず解読不能。
シャーロックは自分の頭がおかしいのか、とジョンへ視線を遣った。
シャツは二日目 電動髭剃り 今夜はデート 姉には電話していない
歯ブラシをかえた スタンフォードと飲み明かした。
再度、アイリーンへ視線をやる。やはり解読不能だ。
「ホームズさん、変装の大きな問題点をご存じ?と言っても、結局は自画像っていうのは最悪なものだけど」
「ぼくが顔から出血した牧師さんだとでも?」
「いいえ、いくらかダメージを受けていて、やや思い違いがあり、もっと強い力を信じている。あなたの場合、あなた自身でしょうね。
ああ、それからあなたを愛している人がいるわね。私がその人なら、顔を殴るとき鼻と口元は避けるから」
ジョンはとても耐え切れず、ははは、と乾いた笑いを漏らして口を開いた。
「何か着てくれません?なんでもいいけど。ナプキンとか」
うんうん、と必死でアリスも頷く。
「どうして?見えすぎ?」
「目のやりどころに困っているんですよ」
「あら、そんなことないと思うけど…まあ、お嬢さん貴方はどうかしら?」
お嬢さん…。
アリスはそんな年齢じゃないと内心で呟きながら曖昧に微笑んで口を開いた。
「ジョンには刺激が強すぎると思うので」
「おい」
ジョンは何か言いたげにアリスへ口を開いて続けようとしたがシャーロックが遮ってくれた。
「同感だ」
アリスは自分のコートを脱ごうとしてシャーロックに制された。
「君は着てろ。下だけでは冷える」
そう言ってシャーロックはコートをアイリーンへ渡す。
アイリーンは大人しくそれを着た。
「お嬢さん、持ってきてほしいものがあるの」
「えっと」
「階段を上がって奥の部屋よ」
アリスは眉を寄せてシャーロックへ視線を送った。
彼は行け、というように顎を動かす。アリスはそれに従って階段を上がった。
「彼女、貴方の奴隷?」
「生憎、僕はそのような趣味は持ち合わせていなくてね。敢えて言うなら」
アイリーンは真っ赤な唇を吊り上げて妖艶に微笑んだ。
「恋人かしら?そういう噂を聞いたわ」
シャーロックは意味深に薄く笑みを浮かべた。
それを見てアイリーンは「ふーん」と興味深そうに扉を見遣る。