acting
「殴る?」
ジョンはシャーロックの言葉を眉を顰めて復唱した。
三人はタクシーから降りて家の前にいた。
ベーカー街へ帰宅後息つく間もなくタクシーに乗り、説明されたがアイリーン・アドラーという女性がマズイ写真を所持しているらしい。
何でも快楽的な罵倒や屈辱を好み、高貴な人の相手をしているとのこと。
初めてだからか、シャーロックとジョンの扱う事件に対して平凡さが全く感じられない。
あるのは好奇心と興味である。とにかく自分は彼らの邪魔にならない程度にサポートすればいいのだ。
「そう殴るんだ。顔を」
聞こえてただろ、と馬鹿にするような表情を浮かべて言ったシャーロックにジョンは片眉を吊り上げ言った。
「きみが喋ると、いつもぼくには殴れ、って言ってるように聞こえるけど、それは脚注であって…」
そう言い始めるジョンにシャーロックは「ああ、もう!」ともどかしそうに言い、アリスへ視線を遣った。
「アリス、頼む」
一瞬、戸惑ったがアリスは「ごめん」と短く言って加減してシャーロックの頬を殴った。
しかし加減したのがいけなかったのかあまり目立つような痣じゃない。
シャーロックはダメだと思ったらしくすぐにジョンを殴った。
するとジョンも反射的にシャーロックを殴った。
「ありがとう…これでよ――わあっ!」
ジョンはシャーロックを羽交い絞めにした。
ギリギリとシャーロックの首に片腕を回し、シャーロックは何だか少し苦しそう。
痛々しそうにそれを傍観しながらアリスは「痛そうね」と呟く。
「okay、もう十分じゃないかなぁ、ジョン!」
「ちゃんと覚えとけっ、ぼくは軍人だったんだぞ!人も殺してんだからな!」
「医者だろうが!」
「そういう時もあるんだ!」
「アリス…!」
どうやら助けを求めているらしい。
アリスは体術を繰り広げるジョンの肩をポンポンと優しく叩いた。
「ごめん、シャーロック」
襟を正し、息を弾ませながらシャーロックは鼻を鳴らす。
そしてそのままアリスへ視線を遣りニコッと笑った。
「君は看護師役」
「え、」
「僕の助手ってことだね」
チャイムを押しにかかるシャーロックとジョンの背中に続きアリスは演じればいいのよね、と顔を引き締める。
『はい?』
若い女性の声。
「あ、すみません。あの、実は襲われまして、どうやら財布を盗られて、それから携帯も…あの、すみません、えーと、助けてもらえます?」
『警察に電話しますか?』
「ありがとう!お願いします。あの、えーと、こちらで待たせてもらっても良いですか?」
ドアが開き若い女性が中へ入れてくれた。
「ありがとうございます」
「僕は目撃しましたよ。大丈夫、僕は医者です」
女性の視線が動き自分に注がれるのを感じながらアリスは眉を寄せて心配げな表情を浮かべることを意識して口を開いた。
「私はドクターワトソンの助手をしてまして…看護師です。たまたま通りかかったのもので。応急セットはありますか?」
「キッチンにありますからどうぞ」
女性に言われてジョンの後にアリスは続いた。