Mycroft Holmes


アリスはコートを着て散歩に出ていた。
空は相変わらず曇っている。白のマフラーに口元を埋めながら一度ブルッと震え上がった。
共同スペースには男が来ていた。フィルと男は名乗っていた。
不安そうな面持ちからシャーロックの依頼者だということが分かった。
いや、誰でも分かるか。とても単純なことだ。
あそこに来るのは依頼者か、関係者や警部などの顔見知りだけである。
シャーロックは近頃「つまらーん」を連呼しているから暇つぶし程度にはなるだろう。
最もアリスは殺人などをゲーム感覚で捉えられないが。
彼の話によると14時間前に車を運転中にエンストを起こして停車したのだという。
車を調べていたら、見晴らしの良い草原に一人のハイカーの男性の姿が有り、気がつくとその男性は倒れて亡くなっていたのだ。
ジョンはシャーロックに頼まれて現場へ出かけ、シャーロックは彼からの連絡を待っている。
いつもの捜査だ。
依頼者の話を聞き、シャーロックは自分が現場へ行く必要がないと判断してジョンに行かせたのだ。

歩道を渡ろうと足を一歩踏み出した途端、目の前にものすごい勢いの車が急停止した。
あまりの勢いに心臓が止まるかと思い、胸の辺りを押さえながらムッと顔を歪めた。
ドアが開き、中からスーツ姿でサングラスをかけた体格の良い男が出てきた。

「危ないじゃないの――」

かと思ったら腕を引かれ、車に乗せられ、ドアが閉まり走り出す。

(なに?誘拐?)

降りようとドアに手を伸ばすが阻まれてしまう。
携帯のGPS機能でもしものことがあればシャーロックが何とかしてくれる。
それにこれはチャンスかもしれない。犯人を特定するチャンス。
そう信じることにした。
車は長い間、道路を走り、やがて目的地への到着が近いらしく
途中で目隠しをされ、5分くらいで車は停止した。目隠しをされてもおおよそ場所の検討はついていた。
そして外に出され、男たちに連れて行かれる。
足元の感覚にアリスは違和感を覚えた。
大理石の地面。しかも音の響きが良いことからとても掃除が丁寧に施されていることがわかる。
フカフカの椅子に座らされ、ようやく目隠しを取られアリスは怪訝に眉根を寄せた。
周りを見渡し、ここがどこだかを悟る。
バッキンガム宮殿だ。
ということは犯人でも何でもない。自分は権力者によってここに連れてこられたのだ。
目の前に座る品の良い男性にアリスは戸惑うように見つめた。

「初めまして、Ms.グレイ」

名前を知っていることにさらに戸惑いを隠せない。
では何の目的があって自分を呼んだのだろうか。男性は30代後半に見える。
そして見る限り、お金持ちそうだ。

「初めまして、お名前を窺っても?」

慎重にアリスはそう聞いた。

「私はマイクロフト・ホームズ」

「ホームズ…?」

シャーロックの血縁者か?

「君の考えている通り、私はシャーロックの兄だ」

彼の家族のことを聞かされていないアリスは驚きと困惑の混じった表情を浮かべてマイクロフト・ホームズと名乗った男を見つめた。
ジョンの家族のことならば聞いたことがあるがシャーロックはない。
彼に兄がいるなどと驚きだった。
しかも何だかかなりの権力者のように感じる。

「…それで何の用件で?」

「いやついでに連れてきただけだ」

「は?」

“ついで”とは何だろう。
この男の言っている意味がわからない。

「もうすぐ君の顔見知りが来るだろう。それじゃあ、ごゆっくり」

マイクロフトはその場を去っていった。
戸惑うように首を傾げると入れ替わるように誰かがやって来る気配。
その気配を感じ取りアリスは顔を上げた。




×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -