sweet nightmare


これは記憶の断片――?

アリスは奇妙な場所に立っていた。靄がかった何も見えない場所に。
周りを見渡しても何も見えない。それ自体に恐怖を抱いた。
吸い込めば木々の匂い。湿った匂いに不安になる。
突如、霧が晴れた。
そこは森だった。辺りは背の高い木々が連なっていた。
なんとなく記憶に憶えのある森。なぜだか恐怖が心を支配する。
しかしアリスは動けなかった。

これは夢だ。

ぼんやりとそれを分かっているはずなのに、違う自分がそれを否定する。
よく見るのよ、アリス。これは現実に“起こったこと”じゃない。
うるさいくらいにそう囁く自分の声。
次第にすべてがハッキリと見えるようになった。
黒装束の大きな男たちが目隠しをされ手錠を掛けられた幼い少女を連れていた。
少女の頬はよく見ると濡れている。腕には生々しい傷。
そしてノースリーブから覗く肩には小さな痛々しい火傷があった。
男たちに連れて行かれるままに少女は歩いている。
やがて男の一人がその少女を地面に倒した。男たちのぼんやりとした話し声。
それをよく聞き取ることは不可能だった。
すると男たちは少女を放って置いたまま去っていった。少女は横たわったまま、動かない。
アリスはその少女に近づいた。少女の目隠しを取る…

「っあ……!!」

悲鳴が聞こえ、アリスは飛び起きた。
自身で上げた悲鳴だということに気づき、荒れた呼吸を整えようとしたが落ち着かない。
動悸も激しい。
森から辺りはいつものベーカー街221Bの部屋の景色に変わったがそれでも不安は拭えない。
あれは紛れもなく自分自身だった。そしてあれは恐らく過去の悪夢のような記憶。
あれ以来、悪夢に悩まされていた。
それでもそのうち、時折思い出すことはあるものの夢になるようなことはなかった。
不安だ。とてつもなく不安でいっぱいだ。

「ゲホッ…」

咳が込み上げてくる。止めようにも止められない。
激しく咳き込みながら備え付けのテーブルに置かれた吸入器に手を伸ばすが一緒に置いてあった時計と共に床に落ちてしまう。
生理的な涙が視界を歪ませる。
懸命に手を伸ばしたが届かず、アリスの体は床に落ちた。反動でさらに激しく咳き込む。
息ができない…!苦しい。
そのとき勢いよく扉は開いた。

「アリス」

落ち着いた低い声。
シャーロックは床に落ちていた吸入器をすぐにアリスの口元へやった。
それを受け取り、彼の支えを借りながら薬剤を吸入した。
苦しく喘ぎながら呼吸をする。
シャーロックはアリスの背中を摩った。

「ベッドまで移動する。立てるか?」

彼の問いに首を横に力なく振ると「そうか」といつもの素っ気ない声で返した。

「僕の首に腕を回して…」

シャーロックは屈んで自身の首を示した。
彼の言葉に甘えてアリスはシャーロックの首に腕を回した。

「そう…ゆっくり立つんだ」

シャーロックの声が近くで聞こえる。こんなときでさえも彼の声に心臓が跳ねた。
医者であるジョンがいれば良かったが生憎彼は仕事で不在だ。
シャーロックの力を借りても立てなかった。

「ごめっ…けほ…ゴホッ…!!」

しー、と人差し指を唇につけシャーロックはアリスが喋ろうとするのを制した。

「いいから喋るな」

シャーロックはそう言うとアリスを抱き上げた。
最初の強引な担ぎ方ではないことに少なからずアリスは驚いていた。
ゆっくりとベッドに下ろされる。
シャーロックは慣れた手つきで布団をアリスにかけた。

「喘息には果物はよくないと聞くが君は?」

「…ダ、メ」

掠れる声でそう返せば、シャーロックは「他にダメなものは?」と聞いた。
アリスは首を横に振ってないことを示した。
コップに入った水を渡し、それを一口飲むのを確認するとシャーロックはカーディガンを彼女にかけた。

「ありがとう…」

「まだ寝てろ」

ぽん、と体を倒され、シャーロックはそのまま部屋から出て行った。
アリスは短く息を吐きだした。髪が顔に入り掻き上げて額に手をやった。
ドキドキと落ち着かない心臓は喘息のせいだ。
それでも誰かと住んでいるというのは落ち着くものだ。
アリスは目を閉じ、静かに眠りに落ちていった。





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