guilt,trauma
シャーロックはスマートフォンを弄りながら「おっと」と声を上げた。
「どうしたんだ?」
「もうランチの時間だ」
ジョンは怪訝に眉を寄せた。一体全体彼はどうしたというのだ――?
不思議でならなかった。
シャーロックという人間は食事などあまり気にするような人間ではない。
これは何か意図があるに違いない。
ジョンはシャーロックのように落ち着いて回りを観察してみた。
しかしここはいつも通りベーカー街221B。特に変わった様子はない。
するとジーパンのポケットの携帯が小さく振動を立てた。
「ジョン、君がマナーモードにしているなんて珍しいな」
いつも然るべき場所――たとえば病院内ではマナーモードだよ。
なんて突っ込みたかったがメールボックスを開いて口を閉ざした。
シャーロックからのメールである。
タイトルに“顔に出すな”と書いてあることからアリスには秘密なことだろう。
彼女は心理学を真面目に学んでいるし頭の回転も凡人よりも格段上だ(ただしシャーロックやモリアーティのような恐ろしさはない)。
「いつもうるさくて悪かったな」
軽口で返し、メッセージを開く。
“こないだのゲームでつけられた傷を診るフリをしろ”だそうだ。
ジョンは携帯を操作するフリをしばらく続けてからポケットに突っ込んだ。
「ところでアリス」
「なに?」
「えっとー非常に言い難いんだけど、こないだの傷は治ったか?」
ゆっくりとした口調で不自然に聞こえないようにジョンは聞いた。
「薄い傷は消えてくれたけど深いのが消えないの。それにまだ少し疼くわ」
最後に不快そうにそう言ったアリスにジョンは一瞬、やめようかと思ったが勇気を出して言ってみた。
「見せてくれるかな?」
アリスは首を傾げ、「いいわよ」と言った。
右腕の袖を捲りアリスの白い肌が露わになる。
その腕には治りかけの傷、まだ赤く残った傷があった。
8本のうち、4本の傷は治ったようだ。しかし後の4本はまだ残っている。
ジョンは「左は?」と聞くとアリスは戸惑う素振りを見せた。
「アリス?」
「あ、ごめんなさい」
慌ててアリスは右の袖をおろし、左側の袖を捲った。
ジョンは古傷に目を見張る。
腕にはsinとハッキリ刻まれた傷の痕があった。
成る程。シャーロックが本当に見たかったのはこの傷だ。
前に一度、シャーロックだけがこの腕の傷跡を見たという。
どういう傷か気になってはいたが『罪』を意味する“sin”とは。
一体、誰が何のためにこんなことを刻んだのだろう。アリスは気まずそうに視線を泳がせた。
「あの――私、あまり覚えてないんだけど…、小さいときに怖い人たちから傷をつけられて」
ぶるり、と彼女は一度震え上がると目を閉じて続きを話してくれた。
「誘拐されて、怖い目に遭ってて…」
シャーロックは椅子から腰を上げて窓辺に立った。
不安そうにその背中を見つめるアリスの肩を抱き、「大丈夫」と励ます。
シャーロックは振り向いて座るアリスを見下ろした。
「それ以外にも傷は?」
たとえば、火傷とか。
そう続けたシャーロックにアリスは目を見張り、頷いた。
上着を脱いでアリスはYシャツのボタンに手を掛けた。
やめさせようと立ち上がったジョンをシャーロックは視線で制した。
上の数個のボタンを外し終え、アリスは右肩だけを出す。
そこには王冠と花びらのような火傷の痕があった。古くはなっていたがまだクッキリと残っている。
「焼印か」
シャーロックは呟き、顔を僅かに歪めて歩き始めた。
行ったり来たりを繰り返すシャーロックは何か考え事をしているのだろう。
アリスはスーツを着直しながら、それを見つめていた。ジョンもシャーロックに倣って考え始めた。
焼印は罪を犯した人などに押されることが多い。しかしそれは古い風習だ。
“罪”を意味する“sin”の傷と“王冠と花びら”の”焼印”。
これが何を意味するのか。そして事件に何らかの関係があるのか。
ジョンにはさっぱりだった。
アリスはもしや、過去に罪を犯したのではないだろうか。
思わず疑ってしまった自分の考えを吹き飛ばすかのように頭を振る。
有り得ない。それはない。正確にはジョンは信じたかった。
シャーロックが不意に立ち止まり、口を開いた。
「アリス。君は奴らに神聖視されているのと同時に厄介な存在らしい」
「神聖視?厄介?」
「ああ、そうだ。しかし情報がたくさんあるにも関わらずそこから読み取るのは難しい。
1人の犯行であれば容易に解くことが出来ただろうに複数となっては難しいこともあるらしい」
深く考え始めるシャーロックを不安そうに見つめるアリス。
何とか解決して安心させたかった。
しかしジョンは切れる頭は持っていない。医学の知識と武器を扱うことしかできない。