Tea Time


「そろそろ仕事に行かせなくて大丈夫なのか?」

ジョンは心配そうにアリス・グレイの閉じっ放しの部屋の扉へ視線を遣った。
彼女はモリアーティの仕組んだ“簡単”なゲームに捕らわれ、無事保護されたものの
ベーカー街に戻ってきてから部屋に閉じこもってしまった。
あんなに怖い思いをすれば外に出るのは怖いだろう。
シャーロックはiPhoneを弄りながら彼女の部屋の扉を一瞥し素っ気なく言った。

「仕事は長期休暇を入れさせた。警察が大学に説明してくれたお蔭で簡単にとれた」

聞こえてきたピアノの音にシャーロックは「うーん」と目を閉じて笑みを浮かべた。
アリスの部屋から聞こえてくる。
こっちに荷物を運んでくる際に大きな黒く艶やかなグランドピアノを見たのを覚えている。
そういえばアリスは趣味にピアノをやっていると聞いたのを思い出した。

「ショパンの『ノクターン ハ短調』」

目を閉じて音を楽しむシャーロックはアリスのピアノをとても気に入ったようだった。
素人のジョンが聴いても聞き惚れるなかなかの独奏だ。

「彼女、大丈夫なのか?外に出ないならまだしも食事もとってない」

「アリスは三分後に出てくるよ」

「何だってそう思うんだ?」

そう聞けばシャーロックは顔を上げて馬鹿にしたように目を細めた。

「僕だから」

「ああ、全く完璧な答えだ」

「おぉ…そんなに怒らないでくれ」

シャーロックはiPhone片手に肩を竦め気取ったように言った。

「別に怒ってない」

ムッとしてそう返せば、シャーロックはiPhoneをテーブルに置いてわざとらしく欠伸をした。
ジョンはそれでようやく彼の意図を掴んだ。
シャーロックはわざと僕を怒らせてる――?怒らせたがっている?
椅子に腰かけるシャーロックの顔に視線を落とせば彼が挑発的に笑っているように見えた。
彼がそう望むなら上等だ。
ジョンは自身の拳を握り、シャーロックに飛び掛かった。
ガシャン、と派手な音が立ちハドソン夫人に怒られるななんて考えながら拳を振り上げた。
ぱしん、と拳は誰かに受け止められた。物凄い力に一瞬、それが誰だか分からなかった。

「アリス?」

「シャーロックの言った通り、紅茶を淹れた方が良さそうね」

顔をズイッと近づけ、ジョンの肩を軽く揉んで極めて冷静にアリスは言った。

「僕にも淹れてくれ。ジョンとは違うのを」

「ええ、分かった」

スーツ姿でメガネを掛けたアリス。
それが仕事着なことに気づき、ジョンは首を傾げた。
彼女はそのままキッチンの方へ引っ込んでしまった。

「なんで仕事着なんだ?」

「自室で仕事をしてたからだ」

シャーロックは襟を直しながら言った。

「なんで紅茶?」

「紅茶にはテアニンというリラックス効果が期待されるアミノ酸の一種が含まれる。
ジョンが先ほどから落ち着かない。紅茶を淹れてやってくれと、メールした」

「アリスを部屋の外に出すために、か」

もっと方法があっただろうに。
間もなくアリスはティーセットを持ってきて淹れ始めた。
紅茶専門店の店員さながらの本格的なものだった。
お洒落な白いカップの中は黄金色の液体で満たされていた。カップに口を近づければ良い香りがする。
一口飲むと少し冷めていた。カモミールだ。
紅茶にあまり詳しくない自分でもわかった。

「ぬるい」

「テアニンをより多く抽出するには低温のお湯だ」

そう言いながらシャーロックは湯気立つカップを手に取り優雅に一口飲んだ。
ルビーの澄んだ色の紅茶だった。色合いがとても良い。

「キャンディティーか」

「ええ。時間があればお菓子も作るんだけど」

「ぜひ今度、食べてみたいな」

ジョンはカモミールティーを飲み、そう言った。

「そのときはハドソンさんも誘ってみるわ」

「そうした方が良い。ハドソンさんもすごく喜ぶんじゃないかな」

すごくを強調したジョンの言葉にアリスはカップを両手で包み込みながらクスクスと笑った。
やはりアリスはとっても美人だとジョンは思う。
それも近寄りがたいタイプの美人ではなく寧ろ好感が持てる美人。
美人だと思うのは顔立ちだけから来るだけのものじゃない。一つは瞳だと思う。
とても特徴的で綺麗な瞳。それに彼女が纏う雰囲気。





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