Clown begins a game


アリスは出て行ってから扉越しにシャーロックの言葉を聞き、ショックを少なからず受けていた。
シャーロックは自分を面白い事件の餌としてしか見ていない。
ジョンがやって来る気配を感じ、咄嗟に忍び足で遠くへやって来たが…。
自嘲染みた笑みを浮かべてヒールの音を立てながら深々とため息を吐きだした。
顔に掛かった髪を掻き上げ、壁に寄り掛かる。
落ち着け、あたし。そう自分を慰め、再びため息。
スーツの袖の隙間から腕の古傷が見え、ブルリと一度震えた。

「ああ…泣きそう」

声が震え、目頭がじわじわと熱くなってくる。
なぜこんなに胸が痛むのか訳がわからない。
涙が零れないように上を向き、唇を噛み締める。

「お嬢さん、大丈夫かな?」

ばっと身構えるように声のした方へ向く。スーツを着た若い青年だった。
大学内でこんな男に会ったことなどない。
それに何だか…

(嫌な感じ…)

アリスは微笑んだ。

「ええ、大丈夫よ。…貴方は?」

「これは失礼。僕はジム・モリアーティ」

ニコッと笑ったジム・モリアーティは握手を交わすために手を差し出した。
アリスは、全体を観察した。しかし何も分からない。
それでも確かにこの男からは怪しい匂いがした。差し出された手を握らずアリスは口を開いた。
自分の中で警鐘が確かに聞こえた。

「違うわ。名前は聞いていない。どこの学部なのか聞いているの。
でも学生ではない。職業も…さっぱり見当がつかないわ。敢えて言うなら」

ジム・モリアーティの双眸が一瞬、ギラリと光った。
彼から好奇心と興味を感じられた。

「敢えて言うなら?」

「…証拠を確実に残さない完全で完璧な犯罪者」

この表現がしっくりくる。アリスは我ながら上手い表現をしたと思った。
彼はニヤッと口元を吊り上げた。
そして芝居がかったように大仰に驚いてみせる。

「これは驚いた。シャーロックでさえも見破れないで騙せたというのに」

ブラーボ、と目を見開き馬鹿にするように拍手をしてみせる。
それが癇に障った。
アリスは眉間に皺を寄せながら腕を組んだ。

「シャーロックの“知り合い”が私に何の用?」

「ああ…近頃、僕は退屈をしていてね。それで面白い情報が手に入ったんだ。
まさか“お姫様”がこんなところにいるとはね?」

顎を掴まれ、囁くようにジム・モリアーティはそう言った。
アリスはすぐに彼の手を振り払い、距離を取った。

「お姫様?なに、童話でも興味があるわけ?」

嫌味っぽく返せば、ジム・モリアーティは声を上げて笑った。

「まあ、どっちだっていい。君はシャーロックと一緒に暮らし始めたそうではないか」

「ジョンだっているわ」

冷たくそう言えば、彼は「ああ、そうだったね。何でもいいよ」と言って動きを見せた。
ジム・モリアーティが素早く動いたと思うと首筋に針を刺されたような痛みが走り、膝からガクンと力が抜けた。

「な、にを…」

首筋を押さえて見上げれば、彼の手には注射器があった。
フッと面白そうに口元を吊り上げ、ジム・モリアーティは屈んでアリスの耳元で囁いた。

「君を使って盛大なショーをする。無論、参加者はシャーロックだけだ。喜んでおやすみ姫様」

チュッと頬にキスされ、アリスは悔しげに唇を噛むとガクリと床に倒れこんで意識を失った。




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