Reasoning of organizing


フレイン教授の研究室はすっかりシャーロックとジョンの溜り場になっていた。
当然ながらジョンは仕事がある故、たまにいないときがある。
しかし今日は病院の定休日。
ジョンはいつものようにパソコンの画面と向き合いながらブラックコーヒーを飲んでいた。
ここのコーヒーは絶品だ。フレイン教授のセンスは良い。
そんなことを考えながらジョンは背もたれに寄り掛かり伸びをした。
長い間、同じ姿勢を保っていたからかポキリと鳴り、血行が良くなって気持ち良い。
シャーロックは同じ場所を行き来しとても落ち着きがなかった。
その顔が退屈そうに見えるのは気のせいではないと思う。

「シャーロック」

シャーロックの足が止まり、くるりと振り向いた。

「ジョン、あれを持っていないか」

あれ、と聞いてジョンは首を横に振った。
非難めいた声色で「シャーロック」と彼の名を呼べば「つまらん!退屈だ!」と“癇癪”を起こし始める。
ジョンはテーブルに置かれたニコチンパッチをシャーロックに向かって投げつけた。
キャッチして視線をやったがすぐにそれを投げ捨てた。

「買ってくる」

コツコツ、と靴音を響かせてシャーロックの足は出口へと向かっていた。
慌てて扉の方へと先に回り込み、塞いだ。

「そこを退け、ジョン」

「シャーロック、大学内は禁煙だ」

そのとき扉が勢いよく開いた。
当然、傍に立っていたジョンは飛ばされ、咄嗟に姿勢を立て直すことが出来ず、シャーロックを巻き込んで床へと倒れこんでしまった。

「…何してるの?」

呆然とこちらを見下ろすアリスの姿があり、ジョンはようやく自分の体勢に気づいた。
シャーロックを押し倒すようなこの姿勢は誤解を受けてもおかしくないと思う。
慌てて退いて立ち上がれば、シャーロックは顔色一つ変えることなく立ち上がり落ち着いた様子で服に着いた埃を払っている。

「あ、いやアリス、これは違うんだ」

「分かってる…何も言わなくていいわ」

事故よね、と笑みを浮かべる彼女の口元は少し引きつっている。
ジョンは何度も頷きながら「信じてくれ」と必死に言った。

「そんなことより仕事は?」

シャーロックの質問にアリスは「ああ…」と眉根を下げた。

「フレイン教授の研究室で休憩して来いって同僚が言って」

なんか誤解しているみたい、と続けたアリスにジョンは「誤解?」と聞いた。
曖昧に笑みを浮かべてシャーロックを一瞥した彼女の表情から何となく察したジョンはつまり、と口を開く。

「シャーロックと君が恋人関係にあると?」

控えめに頷くアリスにシャーロックは口を開いた。

「それは都合が良い」

予想外の言葉にジョンは目を見張った。
てっきりシャーロックのことだから「放っておけ」と言うと思ったからだ。
そして「ああそういうことか」と呟くジョンにアリスは首を傾げた。

「大学の出入りがしやすい上に大学内の友人以外の男が近づかなくなる。
犯人の特定に至りやすいってことだ。情報も集めやすいってところか?」

「君にしては冴えてるよ」

「そりゃどうも。“君にしては”は余計だよ」

ジョンはアリスに向かって肩を竦めてみせた。

「しかしそれだけではない。犯人グループの目的も明確になる。
恋人と名乗る或いは噂される男に対してどのような反応または対応をするか」

「犯人グループは大人数だ。その証拠に行動に矛盾が現れている。思想も全てバラバラ。
殺そうとしている人間、守ろうとしている人間、誘拐しようとしている人間。いずれもこの3パターンだ」

シャーロックはそう言って、椅子に座って指を組んだ。
ジョンとアリスは顔を見合わせ、彼に倣うように椅子に腰掛けた。

「ある大きな団体の中で意見が3つに別れて敵対している可能性が高い」

「大きな団体っていうと…宗教?」

アリスは顎に手を添え、自分の考えを控えめに言う。
シャーロックは口元を吊り上げて「その通り」と言った。

「それでも宗教はたくさんあるし、第一彼女は宗教に所属していない。一体、どんな関係があるっていうんだ?」

「そうだ…そこが問題となっている。彼女の家を調べてみたが
どの部屋にも宗教の影響も受けていなかった。しかしアリスの両親が危険であまり知られていない宗教に属していた可能性はある。
それも双方とも地位の高い位置にいた可能性が」

「アリスの両親のことを調べたら出てくるってことか?」

ジョンがそう聞くとシャーロックは眉間に皺を寄せ苦い表情を浮かべた。
行動には移ったものの何も出てこなかったということか。

「何者かが隠蔽したのか住民票や書類、何も出てこなかったよ。
アリス、君の書類にも目を通したが親族、血縁者の名前が一人も書かれていなかった」

「ショーンも?」

「ショーン・グレイという人物はよく調べたが存在しなかった」

シャーロックが放ったその言葉にアリスは凍り付いた。
それでは自分は一体誰と過ごしていたのだろうか。
血の繋がりもない赤の他人?

「じゃあ、一体ショーンは誰なの…?」

「君を守ろうとしていた側の人間だ」

あまりにも謎が多くてジョンの思考はメチャクチャで混乱していた。
それを聞かされている謎の中心の本人であるアリスはもっと混乱しているに違いない。
シャーロックはジッと彼女の様子を見据えていた。表情一つ一つを観察するように。
アリスは酷く混乱した様子だった。顔色も気のせいか先ほどより青白い。
突然、アリスは立ち上がった。

「私…、仕事に戻るわ…」

動揺を押し留めるように腕を組み、アリスはスッと立ち上がると駆け足で研究室を出て行った。
心配で追いかけようと椅子から腰を少し離すとシャーロックは「やめておけ」と静かに制した。
仕方なくジョンは椅子に座り直し、扉の方を見つめた。

「でも彼女、顔色がとっても悪かった」

「…落ち着いたら戻ってくるだろう。それよりやはり僕の読みは正しかった…!
ショーン・グレイの殺人事件のときあそこを通っていたのは幸運だった」

いつものように楽しそうな顔をしているシャーロックだがジョンはいつものように流せなかった。
事件に対して面白さを求めるのは彼の性癖上仕方のないことだ。
そう割り切っていたが今回の事件はそう考えられなかった。
ジョンはシャーロックを殴りそうな拳を押さえつけて「外の空気を吸ってくる」と抑揚なく言ってそのまま彼の返事を聞かずに研究室を後にした。





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